それぞれの事情

雑誌原稿、新聞原稿。新聞は3年間の連載の最終回。雑誌原稿は、沖縄、言(ロゴス)、闇の三題噺。

かかりきりの単行本原稿の手直し、ようやく三分の二まで到達。断続的に3年にわたった連載がベースにあるのだが、書いた時の気分を忘れて果ててしまっているのと、書いた時の自分と今の自分はかなり違う人になっているのとで、ほとんど書き下ろしに近い。たまたま手に入れた見知らぬ人の手記を剽窃して、文句を言われないのをいいことに、自分のいいように引用、切り貼り、膨らまし、歪めているような、ひそかな悪事の気分もしなくはない。


「語り手の事情」酒見賢一(まだ読みかけ)
「妄想からどれだけ力を引き出せるか、それで勝負は決まるのです」

酒見賢一は、あとがきで、「読者サービスのために濡れ場を入れよう、とか考えたことがない」「この小説は『メタ・フィクション』とかそんな変なものではなく、『恋愛小説』であると、べつにどうでもいいが、ことわっておきたい」と書いている。確かに別にどうでもいいことだが、「語り手の事情」に、「語りの秘密」を勝手に妄想する読み手には二重三重に面白い読み物であるのは確かなような気がする。そのあたりの「読み手の事情」は、語り手が触れ得ないものであったりもするわけで、いずれにせよ、語り手と読み手のそれぞれの事情がぶつかったり絡まったりすれ違ったりして立ち現れる世界は、なかなかに一筋縄にいかぬ代物で、愉快、愉快。

春の気分。