暗号

本日、遅ればせながら、生まれて初めて、新劇の舞台を観る。日本橋三越劇場、劇団民藝「神戸北ホテル」。名前はかっこいいが、実のところ、ハキダメホテル、ゴーリキーの「どんぞこ」のような人間群像。それも、戦時中の、けっして高邁でも立派でもない、でも自分サイズで一生懸命生きてる庶民の人間群像。80歳の奈良岡朋子が三十代純情一途の女子うららちゃんを演じて、まったく自然であることの凄さ、さりげなさ。鍛えあげられた身体の賜物。感服しました。今まで、「新劇なんて、ふーん」と思っててゴメンなさい。反省します。なんとも不思議だったのは、途中くすくす笑いながら、ふーんと冷静に状況を眺めながら、淡々と観ていた芝居が最後の場面にさしかかって、音楽が流れ始めたとき、ふっと、ああ、この人達とはここでお別れなんだという思いに襲われて、じわっとこみ上げてくるものがあったこと。別に感動的演出があったわけでない、初日だから台詞回しがどうもね、なんてエラそうなこともチラと思ったりしてた、なのに最後でなんだか心が潤む……。参りました。


「即座にいえるようなことは、物の数ではないのだ」
「彼は暗号に組んだ手紙を寄こすことによって彼のなかの暗号そのものをとどけようとしている」
(『寓話』小島信夫 より)