済州島で出会った詩

済州島で詩人 許栄善(ホ・ヨンソン)さんと知り合った。彼女が四・三事件の記憶のあとを連れ歩いてくれた。四・三の記憶を言葉にしていくことの痛みと苦悩を聞いた。彼女の詩を翻訳しようとして、その痛切な心と言葉を日本語に置き換えることの難しさに呻吟。つい先日翻訳したものに、許栄善さんの助けを借りて、手を入れて、以下、現時点での翻訳完成稿。

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『木綿布ハルモニ  ―ウォルリョン里 チン・アヨン―』 
            許栄善(ホ・ヨンソン)2003作




女がひとり 石垣の下にうずくまっています
手のひらの 仙人掌(さぼてん)のように 座りこんでいます
白い 真っ白い 木綿布で あごを包んで


泣き声が語り声で 語り声が泣き声の 
彼女、くっくっ堰きとめられた喉ひこの音韻 私には分からないのです
あばらの骨を震わせて泣く彼女の声 私には分からないのです
戊子年のあの日、生きようとタタタ走りこんだ 畑の石囲いのなかで
誰が放ったのかわからない
鋭い一発に ざっくりまるごと飛んでいってしまった あご
そんな目にあったことのない私には分からないのです
その苦痛のなかの長い夜 果てしない
闇を 見たことのない私には分からないのです
リンゲルを打たなければ 眠れない
彼女の体の声を
すべての言葉は 符号のように飛んで 倒れ死に
すべての夢は 遠い海へと 突き刺さり
闇が深まるほどに 痛みは深まり
ひとり 黒い影どもと闘い 夜明けを待つ
そんな経験のない私には 
その深い苦痛は 心底 分かりようがないのです
彼女が踏んだすべての場所から 踏みそこなった言葉が聴こえると
海鳥が鳴いています
いま 煌々明るい天地 はらり錠をはずして
ほのかにこわごわと光射す世の中
もうひとつの世の中がやってきたというのに
かたく鍵をかけた 扉の前で
ひとりの女が 悲しい目 なまぐさい夕焼けに 顔を埋めます
今日も真っ白な木綿布を巻いて
石垣の下に座りこんでいます 
ひとりの女が