筆でクッをする

済州島写真の整理をしようと眺めてみれば、う〜む、どれもこれも、なんだか、境目の世界のようなものばかりで、私はいったい何処に行ってきたのかと、思わず呟く。

神を降ろして執り行う慰霊の儀式である「クッ」にはじまり、イオド(=幻の島)を捜し求めて遂にイオドに旅立った写真家キム・ヨンガプの写真ギャラリーと彼が彷徨い歩いた「丘」を訪ね、伝説の世界の五百将軍を蘇らせる「石の文化の公園」に行き、本郷堂(≒御嶽)を巡り歩き、イオドに一番近い韓国最南端の島マラドに行き……。

済州島では人間にたくさん会っていたように思っていたのだが、人間ではないものに沢山会っていたような気がしてきた。図らずも、旅の初めに「クッ」を置いてしまったからだろうか。

 
クッをする時に庭に立てられる神の依り代。風にはためくと、白い紙がまるで生きているように動く。

 クッ真っ最中の神房(シンバン)たち
鉦・太鼓が耳も張り裂けよとばかりに打ち鳴らされて、頭蓋骨にひびが入りそうな気さえする。頭の割れ目から自分が出て行ってしまいそうな気もする。


  
キム・ヨンガプが撮影に通った丘からの風景、


  
そしてキム・ヨンガプ写真ギャラリー。



 秘密の丘
誰も来ないこの場所にひとりで立つと、風にそよぐすすきに取り囲まれて、自分も一本のすすきになる。帰れなくなるような気がする。



 石の文化公園
玄武岩の巨石をその自然のままの形を活かして、済州島伝統の破邪塔の形になぞらえて創られた伝説の五百将軍たち。



   
  堂。
同じ場所を撮ったのだが、一枚はぶれているのではなく、光の斜線が激しく入っている。ああ、あの時、通り過ぎたものがあったのだろうか、写真を撮って失礼をばはたらいたのだろうかと、今頃考え込む。




マラドから幻のイオドを眺めやる。


他にもいろいろ写真はあるものの、なんだか少し恐ろしくもあり、無難なものだけをアップ。
済州島から帰る日、船に乗る3時間ほど前に、日本から来ていた知人に偶然に会い、その人が私に会ったら絶対話さねばと思っていたという話を聞き、私は鳥肌を立てながら島を去った。それはいわばクッに始まった済州島の旅を、クッで締めくくるような出来事だった。(その出来事の詳細は知人との約束で、ここでは書けない)。
いずれにせよ、文章を書くということは、붓으로 굿을 한다(筆でクッをする)ということなのだということを、いまあらためて、しみじみと思っている。