春風

愛と孤独はいつも手を取り合ってやってくるもの、愛がなくちゃ生きられない人間は、つまりは孤独を噛み締めて生きるもの、生きるのはとてつもなく孤独なこと、などとぶつぶつ独り深夜に呟くのは『スプリング・フィーバー』を見たから。

「こんなやるせなく春風に酔うような夜は 私はいつも明け方まで方々歩き回るのだった」 郁達夫

春風は生きているかぎり吹き続け、生きているかぎり歩き続けるのだろう。


11月5日、ロシア文学トークジャム終了後、ロシア系文学魔女と、熊本の魔窟文学カフェ・オレンジにて、魔女饗宴。文学の話はもちろん、好きなもの、やりたいこと、あんなこと、こんなことを語り合う。ロシア系文学魔女は伊藤蘭にそっくり。モスクワには7千歳の魔女がホントにいるのだそう、魔女は怖いぞ、楽しいぞ……。

カフェオレンジで『語らざる者をして語らしめよ』高橋睦郎 を入手。
「世のどんな女の子にもまして 私は母の子ではなく 父の娘 けれど 冥界から逃げ帰った男の 死の穢をそそいだ雫から生まれたのなら どうして光であるはずがあろう?」 これはまるで私が呟いているようだと詩の言葉にくらくらする。こんなことを漠然と思いながら、この夏私は済州島に向かったのだった。

済州島のすすきを詠った詩を発見。
http://www1.hinocatv.ne.jp/planet/sp11nakajimapage1.htm

本日は、言葉が、とりとめなく、ダダ漏れ