水のなかから水のなかへ

発熱して保育園に行けなかったハコちゃんを、私が保育園代わりになって一緒に過ごす一日。
「ハコちゃん!」と呼びかければ、声に出して返事こそしないものの、「ハイッ!」というように勢いよく手を挙げるようになった。これは昨夜から。日々の成長。まだ、言葉は、形にならず、言葉を探して声が時にぎざぎざと小さい人から発せられている。

小さい人が眠っている間に、『文学界』6月号巻頭の辺見庸の連作詩『眼の海――わたしの死者たちに」を読む。以下、2編。辺見庸の連作詩より。

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「水のなかから水のなかへ」


半世紀まえ
眼にまつわったひとつぶの予感の涙から
海がうるんで浮かんだ
海は喰らい底にびっしりと声たちをしずめていた
声たちはそれぞれ整うたことばではなく
未生のことばであった
海の底 おちこちに声はあり
涙のかなたで
槐の葉叢のように声はしげった
(中略)
水のなかから水のなかへ
水のなかから水のなかへ
声たちの谺はことばをもとめてふるえた
涙のかなたの予感の海で
槐の葉叢のように谺はしげった
水のなかから水のなかへ
水のなかから水のなかへ
断たれた死者は断たれたことばとして
ちらばり ゆらゆら泳いだ
首も手も足も 舫いあうことなく
てんでにただよって
ことばではなくただ藻としてよりそい
槐の葉叢のように
ことばなき部位たちが海の底にしげった
水のなかから水のなかへ
水のなかから水のなかへ
眼にまつわったひとつぶの涙のむこうで
青い死者の群れは
鬱蒼としげった

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「死者にことばをあてがえ」


わたしの死者ひとりびとりの肺に
ことなる それだけの歌をあてがえ
死者の唇ひとつひとつに
他とことなる それだけしかないことばを吸わせよ
類化しない 統べない かれやかのじょだけのことばを
百年かけて
海とその影から掬え
砂いっぱいの死者にどうかことばをあてがえ
水いっぱいの死者はそれまでどうか眠りにおちるな
石いっぱいの死者はそれまでどうか語れ
夜ふけの浜辺にあおむいて
わたしの死者よ
どうかひとりでうたえ
浜菊はまだ咲くな
畔唐菜(あぜとうな)はまだ悼むな
わたしの死者ひとりびとりの肺に
ことなる それだけのふさわしいことばが
あてがわれるまで

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ひとりで歌うその声が、そのことばが見つかる前に、
この声でしょう、このことばでしょう、と差し出さぬよう、
ひとつになろう、声を合わせよう、一緒に歌おう、と言い出さぬよう。
静かに、寄り添って、待つ。
これは今日の私の思い。