泣きながら体に刻んで行く

春と修羅』第三集のなかの「あすこの田はねえ」より



あすこの田はねえ
あの種類では窒素があんまり多過ぎるから
もうきっぱりと灌水を切つてね
三番除草はしないんだ
  ……一しんに畔を走って来て
  青田のなかに汗拭くその子……
燐酸がまだ残ってゐない?
みんな使った?
それではもしこの天候が
これから五日続いたら
あの枝垂れ葉をねえ
斯ういふ風な枝垂れ葉をねえ
むしつてしまふんだ
  ……せはしくうなづき汗拭くその子
  冬講習に来たときは
  一年はたらいたあととは云へ
  まだかゞやかな苹果のわらひをもつてゐた
  いまはもう日と汗に焼け
  幾夜の不眠にやつれてゐる

     (中略)
これからの本当の勉強はねえ
テニスをしながら商売の先生から
義理で教はることではないんだ
きみのやうにさ
吹雪やわづかの仕事のひまで
泣きながら
からだに刻んで行く勉強が
まもなくぐんぐん強い芽を噴いて
どこまでのびるかわからない
それがこれからのあたらしい学問のはじまりなんだ
ではさやうなら
  ……雲からも風からも
  透明な力が
  そのこどもに
  うつれ……