死者が浮上する瞬間

「デルタと群島を結んで颱風のような螺旋運動を繰り返す複数の歴史。その歴史とは、死者の痕跡(トレース)のことである。現在の痕跡は、死者によって残されたものであり、それを読みとるのは生者ばかりではない。というより、生者がその痕跡を読みとるためには、死者を呼びだし、自らの裡にある死者をよみがえらせなければならない。ちょうど河や水路の水嵩が増減し、水底に蓄えられた泥が浮沈を繰り返すように、私たちの内部の生者と死者は、浮上と沈潜を繰り返している。そして私たちが歴史という痕跡に気づくのは、私たちの死者が浮上した瞬間である。そのようにして、私たちの意識の水は、太古から、万物の浮沈の力を精緻に支配している。」

今福龍太『群島ー世界論』より。