秘密

古本屋で『朝鮮詩集』(金素雲訳編 岩波文庫)を買う。
ぱらぱらと眺めて、韓龍雲の項で手が止まる。


「秘密」 韓龍雲

秘密ですって―― なんのわたしに秘密なんぞがありますものか。
一度は秘密を蔵ひ込んでもおきました。でも、やっぱりわたしには秘密が守れないのです。
わたしの秘密は泪を通して あなたの視覚に見やぶられたのです。
わたしの秘密は吐息を通して あなたの聴覚に気どられたのです。
わたしの秘密は胸のときめきで あなたの触覚に感づかれたのです。
も一つの秘密は一ひらのまことごゝろとなつて あなたの夢に忍び入ったのです。
それからなほ一つ 最後の秘密があるのですが、さてこればつかりは鳴かぬ唖蝉のやうなもので どうにも言ひ現はす手だてがありません。