4月だ、春だ、さあ出発だ!

3月からひと月、引越し月間だった。自分自身6年間に5回引越しするのはどうかとは思うのだが、これはDNAのなせる業なのだろうか、娘もこの6年間での4回目の引越しを近々敢行、気がつけば弟夫婦も先週引越しをしていた。まったく腰の座らん一族。
度重なる引越しは、さまざまなものを手放すいい機会になった。
手放すのはモノだけではない。過去のなにかへの負の感情とか、なにかへの執着とか、呪縛とか。
場所を変えてもなお振り捨てられないものもある。そういう時は書く。ひたすら書く。書くうちになにかが昇華されていく。具体のなにかが普遍へと根を降ろしてゆく。そうして世界が変わってゆく。

年度末、引っ越し前夜の3月31日。今までほとんど縁のなかった文芸方面の編集者と会い、文芸の世界で書く、ということについて話した。
実のところ、私が書くものは、本人がその意識を失くしてからもう少なくとも15年以上が経つというのに、ノンフィクションだとか、社会派とか言われることが多く、宙に浮いた世界で嘘をつくことが好きな私は、困惑することが多かった。
ええ、私は嘘つきなんです。
書くということは、嘘の中の本当を探り当てることなんですから。
語る、騙る、カタル。私のなかの声、私の中に入り込んできた声、すべての声をわが声でカタル。
カタリの声で違う世界の扉を開く、いま、こことは違う世界を呼び寄せる、いまこことは違う世界に人間どもをかどわかしてゆく。
それが嘘つきの野望なのですから。

というわけで、ついに思い余って、この一年の間にひそかに勢いで書いた原稿150枚を、おそるおそる文芸の世界の編集者に読んでいただいたというわけで、
とはいっても、宙ぶらりんの嘘つきの私が書くものだから、相も変わらずジャンル不明、いわゆる小説という形には収まらず、それでも「これは小説である」と言い切ることにして読んでいただいたならば……、
思いもよらず、デュラスを思い浮かべたと言われた。(これは嬉しい!)
その自由な書きぶりはブローティガン(!)にも通ずるものがあるとも言われた。(これもまた嬉しい!)

もう半世紀も生きていて、そのうち半分を文章を書いて生きてきたのだが、まだ、文学に憧れていた少女の頃の心の疼きは胸にあり、
「文学」「小説」というだけで、幸福と不幸と不安と歓びがぐちゃぐちゃに入り混じる何とも言い難い心持に私は襲われる。
いまだ「文学」は憧れなのだ。

この先の10年はこの心持ちを大事に胸に抱えて、文学のほうへ、。

と思った春なのだった。