夢を見ました。

逃げても逃げても追いかけてくる影だけの男に追われて、とうとう見知らぬ海辺の町へと落ちていきました。
小さな町でした。海辺はにぎわっていました。砂浜ではなく、護岸に守られた浅い海でした。
ところどころなめらかな岩がゆるやかに突きだしている穏やかな磯の海でした。
岩には無数のエイが張りついていました。大きいエイ、小さいエイ、遠くからでも西洋凧のような形をしたエイたちがよく見えました。
ああ、ここはエイの海なんだな。
エイをもっと近くで見てみたくて、護岸から岩場のほうへと身を乗り出してみました。
すると、なんだ、エイじゃないのも、エイのふりして混じってるじゃないか、
私のてのひらくらいの大きさの耳を大きく左右に広げた小さな小さな象がいるじゃないか、
エイのふりした象たちが、エイのようにじっと岩に張りついて、死んだような目で空を見つめているじゃないか、
エイはそれを微塵も不思議に思わぬようで、エイと象は諍いもなく岩の上に並んで空を見ているじゃないか、
だから私もそれでいいのだと思いながら、彼らと一緒に空を見た。
空は真っ白でした。純白でした。ああいうのを穢れを知らぬ空というのだな。
真っ白な空を見ていると、空が私のなかの青ざめた影を吸い上げていくようでした。
だんだん空が私が見あげているせいで青ざめてゆくのでした。
私は空のために、汚れちまったかなしみに、と詩を口ずさんでやりました。
どうやら空は私にとてもやさしいのでした。
空はみんなにやさしいから、みんな空を見上げるのです。
岩場のそばにぼこぼこと何かが蠢くマンホールのような潮だまりがありました。
ぼこぼことしているのは無数の亀でした。亀のくせにミジンコのように透明で、ミジンコのように震えながら、穴の中でひしめき合っているのでした。
この穴は地球の裏側までつながっているのだよ、亀は地球の裏側までずっとひしめき合っているのだよ、この穴が地球の裏側までつながるのには、万年かかったのだよ、
かたわらでよく知る声が話しかけてくる。
よく知る声なので、不意にこんな海辺で話しかけられても私は驚かない。縁ある人はどこでだってばったりと会うものだから。
私もよく知る声に話しかけました。
出雲は不思議な土地ですねぇ。
あっ、話しながら気がついた。そうか、私は、神々の国、出雲に来ていたのか。
よく知る声にふたたび話しかけました。
ここなら私は穏やかに暮らしていけそうな気がするのです。
本当に心からそう思ったのです。
このよく知る声といっしょなら、出雲で暮らすのもどんなに穏やかなものだろう、
エイと象のように似ても似つかない者同士が似た者同士のように暮らしたら、どんなに愉快なことだろう、
私は不意に生きる力が湧いてきたのでした。
海辺から町の方へと出て、新しい暮らしの準備を始めようと思ったのでした。
だから、今にも海辺を出発しそうな小型バスに慌てて乗り込みました。
バスが走りだしました。運転士はじっと前だけを見て運転していました。運転することしか知らないようでした。
運転士さん、次の停留所はどこですか? 町中で降ろしてください。
気軽に運転士に声をかけたら、運転士はじっと前を見つめたまま、答えました。
このバスはどこにも止まらない、あんたはもう二度と夢から醒めることもないだろう。