「立ち現れる神」

今日から、「大系 日本歴史と芸能」を一巻から見てゆく。

とどろとどろと鳴神も、ここは桑原よも落ちじ落ちじ

宮田登の序論に曰く
神歌には、それぞれおおらかな風俗(くにぶり)が表現されている。

「この里はいかなる里か あられふる森か社か神か仏か」。

森であろうと社であろうと、神であっても仏であっても。カミの道を通ってくるものは、それが祭りの時間であるならば、喜び勇んで迎え入れるというのが基本なのである

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神は音と共にやってくる。
鈴が鳴る。太鼓が鳴る。空気が轟く。立ち現れた神が舞う。



本日は「石清水八幡宮のお神楽」から。
「鳴り高し、鳴り高し」の声ではじまる、
これは神を降ろし、神遊びをし、そしてまた神あげをする一連の儀式。
「韓神(からかみ)」の舞。榊を手にした舞人。

そうか、「韓神」なのか。

2番目は、京都 大田神社 巫女舞
鈴を鳴らして、巫女がゆっくりと回転する。
これは最も基本的な巫女舞の動きという。

●3番目は、春日大社 巫女舞
こちらの巫女は扇子を手に舞う。


●4番目は隠岐島前神楽の巫女舞
神勧請からはじまる。 
この項の解説にこうある。

中世期の修験者は、先祖祭りの祭祀形態として、採り物舞と仮面を用いる猿楽の能で構成された芸能を全国各地に伝えた。今日われわれはこれを「神楽」の名で呼んでいる。

法者などと呼ばれた修験者は、中世の山間村落に分け入り、得意の験などを使って村人の信用を得て、その祭祀を行うようになっていった。
ふだんは、巫女を神がからせ、法者がその託宣を伝えるという方式で、神祭祀の宗教活動を行っていた。

これらの宗教者の多くは、大夫とも呼ばれ、近世に入ると村神主となって村落に定着、江戸時代を通じて徐々に修験色をなくしてゆく。

●5番目は、秋田県平鹿郡大森町八沢木 保呂羽山 浪宇志別神社 神子舞

これは修験系。蔵王権現

●6番目は、春日大社 東遊

●7番目は、熱田神宮 踏歌神事