カモシカにしてみれば、人口植林されたスギ山とかヒノキ山とかは、砂漠に過ぎないのだという。


シカの目で、クマの目で、タヌキの目で、ノウサギの目で、山を歩けば、そこはあまりに生き難い荒廃した世界なのだという。

山の人、宇江敏勝が書いているのは、十津川山峡での山の暮らしの今昔。


本書が書かれたのは、急激な産業の近代化によって、山における多様な生業のあり方が一変した時代、、
「広範囲にわたる人工造林が森林の樹種の構成や生態系をいちじるしく変えようとしている」「何千年も続いてきた歴史の崖っぷちで」 
宇江敏勝は自身を「山びとの最後の走者」と言う。





<野生動物と食害>

P170

 四十八年の秋、はじめてキリクチ谷に入ったとき、まずシカのさかんな啼き声に驚かされた。(中略)山々の紅葉が始まるころから落葉して裸になるまでの季節、朝も昼も夜も、毎日のように啼いた。
 シカは、かつては珍しい獣ではなかった。たとえば紀南の山里でも、薪炭林など広い自然林があった三十年ごろまでは、農家の縁側にいて、彼方の山から響いてくるシカの声を聞いたのである。笛のように透明なそれは、紅葉とともに秋の里の風物詩であった。猟の季節になると、追われて山から落ちてきたシカが、田圃近くの小川を駆けぬける姿もよく見られた。だがここ二十年ほどのあいだに、それも昔語りでしかなくなった。自然林の皆伐と人工造林が進み、里近くの山では軒先から頂上までをスギとヒノキの林が埋めたからである。もはや紅葉も見られず、そこでは木の実や下草など食餌もなくなったので、動物たちはまだ自然林の残されている奥山へと退却していったのだ。



P174  

木炭の原木やシイタケのホダ木をとる場合は、必要な太さのものを伐り、細いものは邪魔にならないかぎり残しておく。春になると伐採分を新芽が補充するので、山が荒れることもなく、動物たちの食餌も満たされる。ところが現代の人工造林というのは、自然木を伐採し、スギとヒノキだけで山をおおってしまうのだ。春に繁茂してくる雑木・雑草の芽は刈り払われる。食害がひどいのは、この植林をして数年間のことである。その後は木が生長して葉も摘めなくなり、陽が遮られるから下草も衰えて、全体的に食餌が減少する。ここ二十年来採用されるようになった密植方式がそれに拍車をかけた。われわれの地方では、かつては一ヘクタール当り三〇〇〇本というのが標準の植栽だったものが、その後は増加する一方で、現代では五〇〇〇〜八〇〇〇本の苗木が植えられている。それらが冬に落葉することもなく、いっせいに生長するわけだから、十数年の後には、他の雑木・雑草は完全に消滅するわけである。そこは動物たちが隠れるには好都合であっても、食餌という面では、せいぜいウサギやクマが樹皮を剥ぐ程度で、草食獣であるシカやカモシカにとっては砂漠にひとしいだろう。ついでにわれわれの食物である山草などもなくなるのである。