自分たちの世界に向けられた近代知識人のまなざしを否定して、逆に自分たちの生活世界から近代の正体を明らかにしてゆくところに石牟礼文学の本質があると申しましたが、その際彼女は決して被抑圧者としての民の利害や言い分を代表するという方向をとっておりません。時にはそのようなポーズをとることがあって、それが彼女の人気の源となっているということはあるかもしれませんが、彼女の作品の本質はそこにはない。彼女の文学は庶民文学ではないのです。彼女は野や山や海に生きる人びとに世界はどのような形と手ざわりで現れるかということを語っているので、文字=知識が構築する近代的な世界像が決してとらえることのできぬ生活世界における生命の充溢・変幻こそ彼女の文学の主題であるのです。