「女」であること  恨百五十年  ~2021年師走に~

今日、2021年12月11日は、大阪・西成 ココルームで、煤払い 詩の朗読会

ライターの社納葉子さん、ココルームの上田 假奈代さんと三人で、釜ヶ崎芸術大学の皆さんに囲まれて、年末に人生の煤払いをしようということで、あれこれ語り合いました。

 

そのなかで読んだ一編。

わが家に伝わる、ひそかな伝承。(こうやって書いてしまったら、ちっともひそかじゃないね)

 

「女」であることとは?  という、社納葉子さんからの問いかけをそのままタイトルに。

 

 

「女」であること  恨百五十年

 

 

たぶん150年くらい前のお話です、まだ王さまと貴族がいた頃の、朝鮮の、南のほうのある農村に、パクという田舎貴族の屋敷がありました、そこにリーという名の青年儒学者がパクの娘の家庭教師として迎えられた、娘は大事な箱入り娘でした、その娘に「女が人間となるための大切な徳目」を教えること、それがリーの務めでした

 

 父母につかえること

 夫につかえること

 舅姑につかえること

 兄弟と仲良くすること

 親戚と仲良くすること

 子どもをしつけること

 法事をすること

 客をもてなすこと

 やきもちを焼かないこと

 言葉に気をつけること

 金品を節約すること

 家事を勤勉に行うこと

 病人を介護すること

 衣食を整えること

 家のために祈ること

 

ああ、つまらない、魂を殺すような教えばかり、いつまでも箱の中の人生、ところがそれを教えるリーは情熱の男なのでした、勢いあまってむやみに手取り足取り娘に教えたのでした、だんだんとリーの体の中で何かが溢れてこぼれだす、娘をしっかり収めているはずの箱がぐらぐらと軋んでいく、リーはそっと娘に歌いかける 

 

 こちらにおいで おぶってあげよう 二人で遊ぼう

 いとしい いとしい いとしい人よ おまえに何を食べさせてやろうか

 甘い蜜をかけた赤いスイカをやろうか きゅうりをやろうか

 ブドウをやろうか さくらんぼをやろうか 

 甘酸っぱいあんずをやろうか この僕をやろうか

 こちらにおいで 顔を見せておくれ 後ろ姿を見せておくれ

 笑っておくれ いとしいひとよ

 おまえも僕をおぶっておくれ

 

リーは何度もそうやって娘に歌いかけたのでしょう、娘もみずからの声と言葉で歌を返したのでしょう

 

ある日、娘は屋敷の中でひそかに子を産んだ、父親の田舎貴族のパクは娘と娘の子をあっという間に絞め殺して埋めて、闇の中に葬り去った、親や世間からあてがわれた箱から許しもなく飛び出てしまったキズモノ、家の恥、それが娘に与えられた罪の名でした

 

なのに、リーはどうしてつつがなく生涯を終えることができたんでしょうか

 

せめて、娘の死の秘密を抱えつづけること、それがリーの一族の運命となりました

 

あれから150年

リーの子孫の男たちは相も変わらずつつがなく、ろくでもなく、生きては死んでいきました、ところが、リーの子孫の女たちときたら、つまり私の祖母や、母や叔母や、私たち姉妹のことなんですけど、誰もがつつがない人生から遠く離れて生きてきた、家を飛び出し、朝鮮を飛び出し、日本に渡り、いろんな種類のつつがない男たちとつがっては振り舞わされたり出戻ったり、女ひとりでぐいぐい生きたりじたばた死んだり、悲しくてもたくましかったり、つらくても楽しかったり、歌ったり踊ったり狂ったり叫んだり、世の人はそれをとかく不幸と呼びますけどね、実際のところ、不幸にしろ、幸福にしろ、世間並みの言葉なんかには収まりのつかない人生です、その謎を解き明かそうとリー一族の女たちは霊感たっぷりの拝み屋さんを訪ねていっては、いつもこう言われたのでした、

 

 あんたの先祖のせいで殺された娘が祟っているんだよ、あんたの一族の女たちが

 絶対に収まらないよう定まらないよう、手を取り、足取り、魂を引っ張っている、

 すさまじい力だよ、どんなに祈っても、鎮まらない、永遠に

 

そう、あれから、もう150年も経ったんです、どうしても収まれない私がいます、ついこないだのことですが、やはりどうしても収まれない姉と二人、固く誓い合ったんです、いいかげん、もう、この祟りは私たちの代で止めてしまおうって、その祟り、全力で引き受けましょう、そう決めたんです、

 

私たちは、私たちを収めようとするこの世のあらゆる「箱」を、全力で蹴散らして生きることにいたしました! 

 

収まりません、いつまでも! 

 

それこそが、パクの娘に何よりふさわしい祈りではないですか 

この世のすべてのパクの娘を「箱」の呪いから解き放つ最高の祈りじゃないですか

 

思えば、パクの娘の祟りは、私たちにとっては最高の祝福だったのです

 

 

註) 文中のリーの歌は、パンソリ「春香歌」のうち「サランガ 사랑가」を借用。