先住民虐殺なくしては、
奴隷制なくしては、
植民地なくしては、
戦争なくしては、
他者の命を踏みにじることなしには、
成長も繁栄もなかったいわゆる文明国(かつての植民地帝国、現在の欧米先進国と呼ばれる国々、プラス日本等々)が形作ってきたこの世界の、あられもない本音。
それをひとりの恥知らずが、公然と、傲然と、世界の支配層を代表して述べているにすぎないようにも思える。
この世界には<踏む者>と<踏まれる者>がいて、
もちろん、この世界を牽引しているのは<踏む者>たち。
誰を踏むのかを決めるのも<踏む者>たち。
「生きのびたかったら、おまえたちも踏め」と、世の人をそそのかすのも<踏む者>たち。
そそのかされて尻馬に乗って共犯になって踏んだからといって、おのれが<踏む者>でありつづける保証であるわけでもなし。
<踏む者>たちは成長と繁栄を追求するかぎり、永遠に<踏まれる者>を必要としますからね。(尻馬どもも、<踏む者>たちにとっては成長のための使い捨ての道具)。
<踏む者>たちによって、延々と<踏まれる者>はつくりだされてゆくわけで、
わたしもあなたもいつかきっと、いや、すでにもう、踏まれているのでしょう。
じりじり踏まれつづけているものだから、知らず知らず、茹でカエルみたいに、<踏む者>たちの世界にのみこまれて、気がついたときには、もう取り返しがつかないね。
おそらく、GAZAは、これまであったことの、新たな始まりに過ぎないのでしょう。
恥知らずは最強、
<踏む者>たちにとっては、実のところ、<踏まれる者>の人権も尊厳も、人道も国際法も何もかも無視しても差し支えないものだったのを、それでもこれまでは大義だとか名分だとかを言い立てて、嘘で言いくるめて、言い繕っていたことも、恥知らずには必要なくなりますからね。
欲が行動原理の恥知らずは、最凶。
