『パレスチナの民族浄化 イスラエル建国の暴力』(イラン・パぺ著 田浪亜央江・早尾貴紀訳 法政大学出版局) メモ

パレスチナ民族浄化 イスラエル建国の暴力』(イラン・パぺ著 田浪亜央江・早尾貴紀訳 法政大学出版局)を読んでいる。
 怒りながら読んでいる。
 イスラエル建国前夜、1947年11月29日に国連でパレスチナ分割(ユダヤ人支配地域とパレスチナ人支配地域)が決議されても、パレスチナ人は「いつもどおり」。それまで数世紀にわたって次から次へと支配者は変わっても庶民の生活は変わらなかった。だから、パレスチナの半分以上がユダヤ国家になったとしても、いつもどおりの暮らしが続くだろうというのが、パレスチナの庶民の感覚だったという。
 ユダヤシオニストたちは? 
 パレスチナ全土をユダヤ人のみの土地にするのが彼らの目標であったわけだが、当初はパレスチナ人を挑発して反撃を受けたら、報復する、つまり、報復という名目で襲いかかって土地を奪い取って、住民を追いだすという比較的<謙虚な方法論>(← もちろんこれは比較の問題で、皮肉を込めて謙虚と言っているわけで、恥知らずで強欲で暴力的であることは言うを俟たない)による民族浄化を狙っていた。
 <謙虚な方法論>は、国連決議の直後、12月初めから始まる。ところが、パレスチナの庶民の「いつもどおり」の暮らしぶりが、その謙虚な方法論の障害になったのだという。いつもどおりの暮らしのパレスチナ人への報復のチャンスはそう多くはなかったから。
 そして、そのような謙虚な方法論は、イスラエル建国の父ベングリオンをはじめとする強硬派によってあっさり捨てられる。
 報復ではなく、先制攻撃ではじまる<傲慢至極の方法論>による民族浄化が始まったというわけだ。
 民族浄化するのに<謙虚>も<傲慢>もないけれど、要は建国するにあたって、ユダヤ国家が欲しい土地を問答無用で奪い取っていくことにしたということ。
 いったい、人間はどうしたらここまで図々しくなれるんだか。まあ、パレスチナ人はシオニストにとっては今も昔も人間ではないらしいからね。どんなに極悪非道なことをしても、委任統治をしているイギリスが見て見ぬふりするのは既に確認済み。欧米にとってもパレスチナ人は人間ではないらしいからね。

「これらの作戦は次のいずれかの方法で実行できる。村を破壊する。とくに継続的な管理の困難な居住地を、放火や爆破、または瓦礫に地雷を敷設して破壊する。もしくは以下のガイドラインに従って捜査し制圧する。村を包囲し捜索する。抵抗があれば武装勢力を一掃し、住民を国境外に放逐すること」(ダレット計画 1948.03.10 )

 イスラエル建国は1948年5月14日。

 その本質が人種主義・植民地主義であるシオニストに抵抗すれば殺される。抵抗しなくても殺される。

 そういう年月がもう78年。

 人種主義・植民地主義の結晶のような国家を、人種主義・植民地主義の先駆者の欧米国家が守り抜いて78年。 

 そんな理不尽きわまることがなぜ可能になっているのか?

 残虐な民族浄化イスラエル国家の起源にあるという記憶を、文字どおり土中に埋めて、その上にヘブライ語の名を持つ町や公園を作り、パレスチナの民がそこに暮らしていた長い時間を欠落させた、新しい歴史を創ったから。
主流派イスラエルの民衆は、たいてい次のような歴史を教わっている。一九四八年にイスラエル委任統治下のパレスチナの一画に独立国家を建国できたのは、初期のシオニストらが「空いている土地に入植し」、「砂漠に花を咲かせた」からだ、と。 p318
 これまでのイスラエルパレスチナの和平交渉においては、パレスチナ以外の関係国は、イスラエル国家の起源を棚に上げたものであって、そこを問わないことは、それを黙認したことに変わりがないから。
(国家の起源などを言いだしたら、アメリカなどはイスラエルとなんら変わることのない同類でもある。)
 極悪非道な人種主義、植民地主義に拠って立つイスラエルの国家起源を問わない、つまりイスラエルパレスチナの紛争は一九六七年にはじまったことにしたいイスラエルに寄り添う、旧植民地帝国の国々が形作ってきた非対称な世界がいまなおここにあるから。
 それと、忘れてはならない大事なこと、
 イスラエルは「白い」ユダヤの国家を作りたい。だから「黒い」アラブ人(=パレスチナ人)は要らないし、「黒い」ユダヤ人はイスラエル国家内では差別的な扱いを受ける存在であるということ。
一九八〇年代にイスラエルエチオピアから呼び寄せた「黒い」ユダヤ人は、ただちに辺境の貧しい地域へと追いやられ、今日のイスラエル社会でほとんど目に移らない存在となっている。彼らへの差別は強く、その自殺率も高い。
イラン・パぺいわく
パレスチナ難民の帰還権を拒絶することは。「白人」居留地を防衛し続け要塞国家を擁護すると宣言しているようなものである。現在、要塞国家を声高に支持するミズヒラーム(アラブ系)のユダヤ人は、アパルトヘイトがお気に入りだ。そのなかでも少数ではあるが、とくに北アフリカ出身の人々は、アシュケナズィームのユダヤ人が享受している快適な生活を期待する。だが、アラブの遺産と文化を裏切った見返りとして、完全に受け入れてもらえるわけではないと、彼らも気づいている。
 それでも、解決策は単純なように思われる。アラブ世界に残る最後の植民地ヨーロッパの居留地として、イスラエルはいつの日か市民の民主主義国に自ら変わる以外に選択肢はないのだ。
そしてこれは実現できる。   p173~174