1971年『文学界』に発表された「夜」は1960年大阪が舞台だ。

火葬場のある町、母の死、そして北朝鮮への帰国運動……。
隠坊、癩者、朝鮮人、川向うの人々。

火葬場にて。
「すすけて真っ黒になった凹凸のはげしい高い壁が天井に接して目に入ってきた。そこには無数の嬰児の大きさをもったざらざらで粗雑な仏像ようのものがつぎつぎに浮び出てきた。(中略)この種の仏像は火葬場の構内の石塀の上にも何段となく立ち並んで石塀をいっそう高くして雨曝しになっているが、それは死者を焼いたあとの灰にセメントを混ぜてつくるというものであった。」

朝鮮人の隠坊のところへ一人の癩病患者が訪れた。業病を持たされたその朝鮮人の男は、まだ焼かれずに残っている死体の肝臓を切り取ってくれとたのみこんだというのだった。人間の生まの肝臓を食べれば癩は癒るというのだ。」


火葬の煙が流れくる町にて。
「はじめは、どこからともなく魚を焼くような、いや焼きはじめの生臭さまで混じえたにおいが、そこはかとなく流れてきたのだ。窓を開け放したままの二階で夕食をしていると、きまって同じようなにおいが食卓の上にまでほんのりと蔽いかぶさるようにして漂ってくる。(中略)しかしそれがそうだと分かったとき、そのときはすでにそのにおいに馴染んでしまっていたせいか、いやその日々の引きずる生活の重さのせいだろう、二児の母親の彼女はおどろく様子もなかった。そして、ただ、ああ、これからはそのにおいといっしょに、ふるさとを思い出すようになるといったという。」
(彼女は凄惨な死にまみれた4・3の済州を生き延びた者なのである。)