2024-01-01から1年間の記事一覧

森崎和江「同質性のなかの異族の発見」 メモ 「接触の思想」にまつわる話のみ

<森崎和江の問い ①> 私たち日本民衆にとって、朝鮮問題とは何なのか。それを思想として問う意味はどこにあるのか。 ◆ 民族的接近は、底辺の民衆ほど直接的である。 (つまり、互いを知る前に、双方ともに使い捨て労働力として底辺に閉ざされた。港湾労働、…

森崎和江『アンチ天皇制感覚』 メモ  与論島、接触の思想にまつわることのみ。

沖縄本島に隣接する与論島の祖神様は本土の村祭とは様相を異にしている。島でシュニグ祭と称されているのだが、この祭神について明治十六年生れの郷土史家増尾国恵氏がのべられる左に点はまことに興味深い。神格に対する農耕者の主体がまだ生き生きと残って…

『民衆における異集団との接触の思想 ー沖縄・日本・朝鮮の出逢い』 森崎和江 メモ

三井三池の争議で与論島からの移住労働者に出会ったことで、森崎和江の眼差しは、さらに沖縄へと伸びてゆく。 <沖縄を考える際の森崎和江の前提 日本と沖縄の非対称な関係> 「沖縄と日本の支配権力との関係は、その統一国家をめざした時から常に一方的な関…

福島巡礼  ソーラーパネルとセイタカアワダチソウ。点の復興。 とりあえずの走り書き。

福島巡礼は、楢葉の伝言館(宝鏡寺内)から始まった。 2024年10月18日。雨が降っている。 伝言館を寺の境内に作った宝鏡寺のご住職の遺志を継いだ丹治さんが、 遠来の訪問者に福島の伝言を怒涛のように語る。 「エネルギー アレルギー」 このポスターは震災…

古川日出夫『おおきな森』、おおぼらふき、おおいなる星めぐり

連想と妄想は音が重なり合う瞬間にホップステップジャンプでワープして、気がつけば、死者を乗せて走る銀河鉄道はこの世のすべての理不尽な死者の森を貫いて走り、理不尽な死者はあまりに多いから、世界は森で埋め尽くされている、満洲の丸太のような、死者…

2024年9月22日、23日。 能登に芸能のひとときを運ぶ。 

9月22日 北国新聞 朝刊 ◆9月22日 のと千里浜 道の駅 この日は本当は、<こぎつねも森>チームの芸能担当班として、珠洲市若山の正福寺に行く予定だった。 それはもう何カ月も前から現地とやり取りをして、救援物資を揃え、芸能の時間の仕込みもしっかりとや…

2024年 百年大芸能祭@大阪・いくのパーク

【百年大芸能祭 前口上】 お集まりのみなみなさま 百年大芸能祭にようこそ! 人間も、人間以外のあらゆる命も、ようこそ、ようこそ! さてさて、ほんの百年とちょっと前から、 お金になるかどうか、役に立つかどうかで、命の価値が決められて、 見えない鎖に…

2024年9月23日 能登志賀町から珠洲市内仮設住宅への道

集中豪雨直後の道を行く。 道の駅 桜峠 道を挟んで向こう側の崩落して剝き出しになった山肌 珠洲市内はふたたび断水との情報。 ここが最後のトイレポイントか…… 集中豪雨で店内浸水。川は近くにない。 この店の背後の山から水が流れ落ちてきた。 賞味期限が…

『女たち三百人の裏切りの書』

語られるべき物語は現世と幽冥のあわい、現と夢のあわいからやってくる、 それを語りだす密かな声は、琵琶の弦の響きのごとく 空気を震わせ、まつろわぬ魂をふるわせる。 (鞠姫の)その独特の声のその独特の作用は、そもそも何に起因するのか。 由美丸は奏…

101回目の9月1日を前にして。

写真は、『現代史資料 関東大震災と朝鮮人』(みすず書房)より抜き出したもの。 これは、「鮮人を殺傷したる事案」として加害者が起訴された際、被害者として記録された朝鮮人の名前。それも、ほんの23名。 公的記録(1923年11月15日時点)に記録されている…

2024年8月15日の読書。

日本の敗戦の日に読むのは、堀田善衛『方丈記私記』。1945年3月18日、東京大空襲直後の深川の様子を見に行った堀田善衛は、天皇の被災地視察に行き合い、後にも先にもないおどろきに襲われる。それを堀田善衛はこう書いている。「あたりで焼け跡をほっくりか…

2024年8月12日午後1時半~2時 フラッシュモブというやつをやってみた。

ことのはじまりは、クラリネット吹きのワタルさんが、近鉄奈良駅前の噴水の真ん中に立つ行基さんに囁きかけられたことなのです、たぶんね。 そもそもは、「ワタルさんが奈良にやってくるから、みんなでお茶でもしよう」、で始まった話だったんです。 ところ…

道具論(栄久庵憲司) 序章 ヒロシマの夕景 抜き書き  

二十世紀を駆けぬけて 敗戦後も間もない日、焼けなかった京都から故郷へ立ち戻った私は、広島の町を一望に見おろす比治山に登って、国見におよんだ。 焼き尽くされて灰燼と化し、七つの河だけが陰刻となった町の後は荒涼として奇妙に静謐、鬼気迫る惨景であ…

百年芸能祭 前口上

この前口上、 ブルーズブラザーズのアレを意識して書かれたものです。 これをやるときには、バックにクレズマーのあの曲が流れています。 演奏は百年DXバンド 鎮魂ちんどん隊。 【前口上】 お集まりのみなみなさま 百年芸能祭にようこそ! 人間も 人間以外の…

「さあ、出発です」 @2024.08.02 ピースマーチ (関西ガザ緊急アクション&KYMCの共催)

ピースマーチには参加できなかったのだけど、 メッセージを実行委員の方が代読してくださった。 ------------------------------------------------------- <さあ、出発です> いま、パレスチナでは、一般市民の大量虐殺、ジェノサイドが日々繰り広げられて…

スピーチ @ 7.26施設障碍者虐殺 8年目の追悼アクション

みなさん こんにちは。 今日は百年芸能祭実行委員会を代表して、この場に来ました。 まず、少しだけ、百年芸能祭について説明します。 百年芸能祭とは、関東大震災から百年となる昨年、2023年に立ちあげられたもので、目指しているのは、これまでの百年間、…

2024.09.17  百年芸能祭 「オギヨディオラ その歌で百年の祈りを海を漕ぎ渡る」 イ・サンウン ライブ

幕開けを告げる百年ちんどん隊 法螺貝の響きとと共に、吹田メイシアター小ホールにアコーディオンに鉦太鼓を鳴らして「オギヨディオラ」の調べを奏でて入場、 そして練り歩き! 開祭の辞を読み上げる! <イ・サンウン ライブ 前口上> お集まりのみなさま …

エマヌエーレ・コッチャ『メタモルフォーゼの哲学』 「おわりに」より

未来とはメタモルフォーゼの純然たる力である。(中略)将来というのは、生とその力がいたるところにあり、個体としても個体群としても種としても、わたしたちのうちのいずれにも属しえないということである。将来とは、変態することを個体や生物群に強いる…

エマヌエーレ・コッチャ『メタモルフォーゼの哲学』  みんな家の中……

わたしたち人間は、「明確な境界線や、内側と外側の空間の対置から解放されることができない」とコッチャは語る。 なぜなら、人間も人間でない存在も、果てしないメタモルフォーゼのなかの存在であり、どの存在も他者の、他の存在の乗り物であることを、人間…

ビューヒュナー『ヴォイツェク』  メモ

「ヴォイツェク、貴様は善人だよ、善人――だがな、ヴォイツェク、貴様にはモラルってものがないぞ!」 (大尉) 「我々は貧乏人であります。よろしいですか、大尉殿、金、金なんであります。」 「よろしいですか、自分らのような低級な人間には徳は持てないの…

エマヌエーレ・コッチャ『メタモルフォーゼの哲学』  抜き書き

「乗り物の理論」より p134 身体とは、空間や場からの脱出、あるいはもっとうまく言えば、それらが絶えず変異するための原理の可能性の条件である。わたしたちが身体を持っているのは、<いまここ>によりいっそう付着するためにはではなく、場を変え、…

サラ・ロイ『ホロコーストからガザへ』  メモ その2

2009年3月に東京大学で開催されたサラ・ロイと徐京植の対談に先立ち、徐京植がサラ・ロイの「ホロコーストとともに生きる」へのレスポンスが語られた。 そこで徐京植は、 世に流通する「ユダヤ人対アラブ人」「ユダヤ人対イスラム教」という単純で暴力的な対…

サラ・ロイ『ホロコーストからガザへ』  メモ

サラ・ロイは、既にいまガザで欧米先進国グループの支持のもとに行われているジェノサイドが、10月7日のハマスによる襲撃などが原因ではないことを、明確に語っている。 欧米の植民地帝国の鬼子であるイスラエルが、その植民地主義を見事に継承、体現して、…

岡野八代『ケアの倫理  ――フェミニズムの政治思想』 読後メモ

たとえば、民主主義の発祥は古代ギリシャだと言われる。 しかし、それは、身の回りのお世話を誰かにしてもらっている男たち(=市民)が担うもので、彼らのお世話をしている奴隷や女たちは市民ではない。 奴隷や女たちの無償の労働の上に立って、自由だの、…

パレスチナのドキュメンタリー映画「壊された5つのカメラ パレスチナ・ビリンの叫び」を観た。

今日、2024年4月21日、大阪西成区の津守、リユースショップえまうすにて。(ちなみに、えまうすはこういう場所 エマウス運動 - EMMAUS OSAKA CENTRE ) イスラエル vs PLOだとか、イスラエル vs ハマスという視点で、俯瞰して語られるものとは異なる、人間た…

2024年3月31日 十和田に明山応義画伯のアトリエを訪ねた

壁いっぱいに「野火」シリーズの一枚が。 野火を背にした少年のこの眼差しを見よ。 少年は英字新聞を尻に敷いている。 画家が若かりし頃に訪ねた旧植民地アルジェリアでは、ヨーロッパへと向かうべく、無数の民が鉄道駅に、新聞を地面に敷いたり、新聞をかぶ…

秋田 大館市花岡に行ってきた。中国人虐殺の記憶をたどって。

青森十和田から奥入瀬渓流沿いの道を走って、大館へ。 youtu.be 山腹に「大」の字。 大館の大文字は昭和に始まったもので、歴史は新しい。 太平洋戦争中の1944年、 軍需物資である銅増産のため、藤田組の花岡鉱山のインフラ整備(鉱滓堆積場整備工事/堤防建…

高秉權(コ・ビョングォン)『黙々  聞かれなかった声とともに歩く哲学』(明石書店) メモ

高秉權。この韓国の哲学者が書くものは、とても好き。 哲学・思想がこの人の体をくぐり抜けると、社会を底から変えてゆく実践と結びついてゆく。小さな声を封じることで成り立つ近代社会を支える人文学ではなく、変革の人文学が見えてくる。 『黙々」は、199…

『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー(河出文庫)

灼熱の砂漠を、車に積まれた鉄製の空の水タンクに潜んで、クウェイトへと密入国しようとする三人の男たち。密入国ブローカーに払えるような大きな金の持ち合わせはない。しかし、クウェイトで職にありついて生きのびたい。 三人の男たちは、車が検問所の手前…

阿波根昌鴻『米軍と農民』  おまけのメモ 伊江島のヤマト由来の民謡 吉田(ゆしだ)  

吉 田 (本調子)〈伝承地:東江上・東江前・阿良〉〔系統:会所踊い系<ヤマト。 踊の構成等:2人 二才踊い衣装。小道具:陣笠、扇をもって踊る 〕 一 吉田のおやじ兼好は アヤリクヌシー さわぐ浮き世に ただつりづり(徒然)と 書いて 残せし文との心中…