2020-01-01から1年間の記事一覧
という話を、先日、オンラインで聴いた。 講師は佛教大学の斎藤英喜先生。いざなぎ流の研究者。 見えるものから<見えない世界>を探ると言えば、まずは占いだろう。 そこで、陰陽師が登場する。 「平安朝中期の王朝社会において、天体から発せられる災いの…
新自由主義、排外主義、過剰な民族主義、つまり右派ポピュリズムの広がりの中で、 「決して心地よいものではない共生」を考えるということ。 経済的に分断され、イデオロギー的に二極化していく世界の中で、かよわき者、声なき者、排除される側、差別される…
森崎和江 解説を読む。 1981年11月初版の本だから、森崎さんもこの解説文をおよそ40年前に書いている。 1927年生まれの森崎さんが、54歳のときの文章。 日本人であるわたしたちには、ほんとうのところ、アベバもアンジェラも聴きとれないのかもしれない。そ…
■「もう一つの共同体」より 共同体は、人が自分自身を裸の人間、困窮した人間、見捨てられた人間、死にゆく人間に曝すときに、形づくられる。人は、自分自身と自分の力を主張することによってではなく、力の浪費、すなわち犠牲にみずからを曝すことによって…
まず、一人の語り手がいる、この語り手が「場」を仕切っている。 「語り手」は、いつも押入れの中にいた「彼」と、「彼」が亡くなるまでの、「彼」の家族の来し方を、最初に語る。プロローグ。 「彼」は事故で障害を負い、亡くなるまでずっと、ほぼことばを…
2008年「第一回東アジア文学フォーラム」発表原稿より。 民主主義、人権、自由、平等などは今やあまりにもよく口にのぼる。色あせた旗のように見えるが、今日的意義を失ったわけではない。お互いの状況はそれぞれ異なるが、作家である私たちは、まず国家主義…
この作品は、ムーダンたちの語る「パリ公主」神話を下敷きにしている。 北朝鮮に生まれ、生き難い状況に追い込まれ、家族と生き別れ、豆満江を越え、中国へと脱出し、運命のいたずらのようにして英国へと密航する。 北朝鮮脱出後、ついにはすべての家族を亡…
진도아리랑(Jindo Arirang) 아리 아리랑 스리 스리랑 아라리가 났네~~ 아리랑 응응응~ 아라리가 났네 문경새재는 웬 고갠가 구부야 구부구부가 눈물이로구나 아리 아리랑 스리 스리랑 아라리가 났네~~ 아리랑 응응응~ 아라리가 났네 노다 가세 노다를 가세 …
物語の舞台は、現在の北朝鮮 黄海道信川郡 信川邑 そして隣り合う郡として、また一帯の地域として載寧郡も登場する。 黄海道のこの辺りは、平安道と合わせて「西北地方」と呼ばれていた。 ふと思い出したのは、金素月「南勿里原(ナムリボル)の唄」(1927)…
永達は、どこへ行こうか、と考えながらちょっと立ち止まった。 これが冒頭の一文。 流れ者永達は、ワケあって次の工事場を探して旅に出たところ。 旅の道連れになった鄭は故郷の「森浦」へと帰るところ。十数年ぶりの故郷に。 永達は鄭とともに「森浦」へと…
いわゆる「復興」ではない「はじまり」を語り合うために。 「はじまり」の「場」を開くものとしての「芸能」を感じるために。 「死んだ人はもうあまり喋らなかったが、時おり歌をうたっていたね」(「みぎわの箱庭」より) 2012年12月21日 まちづくりとは、 …
「黄晳暎は語る 韓国現代史と文学 (聞き手)和田春樹」 「四・一九と友人の血」より 私ととても親しかった安鐘吉君、彼は兄が『東亜日報』の記者であったためか、兄の影響を強く受けており、私と政治的な話をよくしていたんですが、その彼とともにソウル市…
ホ・ヨンソン詩集『海女たち』の翻訳をめぐって ~もっとも低くて、もっとも高くて、もっとも遠いところの声~ (ホ・ヨンソン著 訳:姜信子・趙倫子) <1>歌に呼ばれて、めぐりめぐった旅のすえの済州島 もう20年あまりも前になります。日本とか韓国とか…
2020年10月11日(日)は、大阪・カフェ周で、 【語りの宇宙 特別編】 旅する異人(まれびと)たちの秋の大芸能祭 ~ おわりを越えて めぐる命の はじまりのうた ~ ◆ところで、異人(まれびと)って? それは、世界の涯から、世界に新たなはじまりをもたらす放…
神保町でこの作家を見かけたことがある。 柔らかで穏やかで物静かな気配をまとった若い女性だった。 そんな気配の奥底に、 すべての生きづらい人々に寄り添うのだという、 すべての哀しみを分かち合うのだという、 希望の宿る場所は誰も知らないこの世の片隅…
思うに、アナーキズムを語ることは、わたしたちの「暮らし」「社会/共同体」「生」をめぐる想像力が、なにものによって形作られ、あるいは囲い込まれているのか、ということを語ることでもある。 資本主義の外に、国家の外に、想像力がはみ出していかないよ…
水俣病で亡くなって、解剖されて、包帯でぐるぐる巻きにされて、目と唇しか見えない、真っ白な包帯には血のような汁のようなものがにじみ出ている、わが娘和子を、ます女は背負って、水俣駅の先の、踏切のところから、わが家のある坪谷へと、夜の線路を歩い…
河出書房版『苦海浄土』P343下段~ 思えば潮の満ち干きしている時間というものは、太古のままにかわらなくて、生命たちのゆり籠だった。それゆえ魚たちにしろ貝たちにしろ、棲みなれた海底にその躰をすり寄せてねむり、ここら一帯の岩礁や砂底から離れ去ろ…
「済州から沖縄を読み解くことは「国家とは何か」を問うと同時に、「国家」を経由しない地域の思惟と連帯の可能性を打診することである」 [前提] 太平洋戦争末期、済州もまた、沖縄同様、本土決戦に備えての捨て石の島とすることを想定されていた。 日本の…
『越境広場』第7号。女の声が強く響く『サルガッソーの広い海』(ジーン・リース)と『第四世紀』(エドゥアール・グリッサン)を対比させつつ、カリブ海の作家たちの「もうひとつの物語」を見渡しつつ、正史のなかには存在しない口承的記憶と文学について語…
2020年5月8日(月) 午前9時半より京都・神宮丸太駅から歩き始める。 『増補 陰陽道の神々』(斎藤英喜著 思文閣出版)に収められているコラム「いまも京都に棲息する牛頭天王」が本日のナビ。 今では牛頭天王を祭神としている神社はないのだが、岡崎東天王…
動物化というキイワード。 証言1 古堅には朝鮮人の軍夫もたくさんいたが、日本軍に牛馬の扱いをされていてとてもかわしおうだった。あるとき、私の家の前で、一人の朝鮮人軍夫が、日本兵に激しく叩かれて「アイゴー、アイゴー」して泣いていた。 証言2 (…
山伏は権威を認めない。ただ山に分け入り、鳥獣虫魚山川草木のすべてにカミを感受し、鳥獣虫魚山川草木と同じ一個の命として、ひれ伏して敬意を表する。 無力な一個の命として、同時に命と命がつながりあって大きな命の水脈を生きる存在として、大きな命を織…
図書館もずっと休館で、大変困っていたのだった。 予約していたのは、『近畿霊山と修験道』(五來重編 名著出版) 他に予約している者もいないというのに、コロナのせいで1カ月近く待たされた。 既得権益層の経済活動は最大限守るが、本一冊も自由に借りれぬ…
そもそもは、鳥獣虫魚草木、すべての生者、死者が集う鎮魂と芸能の場として開かれた乙女塚、 1993年に砂田明さんが亡くなってから、だんだんと静まりかえっていった乙女塚、 そこで、いまいちど、芸能祭をしよう、みんなで歌い踊ろう、砂田さんの詩を語って…
富雄川沿い 県道7号線を富雄駅から大和郡山の方向へと歩いて10分ほど、「添御縣坐神社」と刻まれた石柱のある角を、田畑に囲まれた変電所のあるほうへと左に折れると、前方に鎮守の森が見える。 神社の参道、境内にあがる階段の手前の坂の左右に祠。どうやら…
明後日2020年5月9日 必要で、緊急な、大事なことのために、水俣を訪れる前に、乙女塚の塚守であった故・砂田明さんの本を読んでいる。 その本に寄せられている石牟礼道子さんの文章から。 ----------------------------------------------------------------…
これは、白洲正子『十一面観音巡礼』から取ってきた地図だ。 霊山寺、王龍寺、長弓寺と富雄川沿いの寺を訪ね歩いて、 さて、下流の飛鳥、法隆寺に向かうか、上流の高山、傍示、龍王山に向かうか、 時はコロナ自粛真っ最中、法隆寺は拝観停止、となれば、これ…
2020年5月1日。メーデーだ。だが、世はSTAY HOME。 STAYと言われて、従順にHOMEにいるのは犬だけだと思っていたが、そうでもないらしい。 いや、もしかしたら「犬だけ」で正しいのかもしれない。思った以上にこの世には尻尾も毛もない「犬」が多かったという…
2020年4月28日。真弓山長弓寺再訪。 初めて訪れたのは昨年の八月だった。 そのときも、伊弉諾神社の一の鳥居をくぐって入ってゆくこの名刹に残る廃仏毀釈の跡のことを記録している。 いまは伊弉諾神社とされている、寺の境内の中にある神社が、明治以前は牛…