デヴィッド・グレーバー『資本主義後の世界のために  新しいアナーキズムの視座』  メモ

思うに、アナーキズムを語ることは、わたしたちの「暮らし」「社会/共同体」「生」をめぐる想像力が、なにものによって形作られ、あるいは囲い込まれているのか、ということを語ることでもある。 資本主義の外に、国家の外に、想像力がはみ出していかないよ…

『苦海浄土』 江郷下ます女の語り。  そのときは月夜だったのか、雨夜だったのか。

水俣病で亡くなって、解剖されて、包帯でぐるぐる巻きにされて、目と唇しか見えない、真っ白な包帯には血のような汁のようなものがにじみ出ている、わが娘和子を、ます女は背負って、水俣駅の先の、踏切のところから、わが家のある坪谷へと、夜の線路を歩い…

石牟礼道子の夢の光景  『苦海浄土』第二部 第四章「花ぐるま」より

河出書房版『苦海浄土』P343下段~ 思えば潮の満ち干きしている時間というものは、太古のままにかわらなくて、生命たちのゆり籠だった。それゆえ魚たちにしろ貝たちにしろ、棲みなれた海底にその躰をすり寄せてねむり、ここら一帯の岩礁や砂底から離れ去ろ…

『越境広場』第7号 金東炫「なぜ済州から沖縄を読み解くのか」  メモ

「済州から沖縄を読み解くことは「国家とは何か」を問うと同時に、「国家」を経由しない地域の思惟と連帯の可能性を打診することである」 [前提] 太平洋戦争末期、済州もまた、沖縄同様、本土決戦に備えての捨て石の島とすることを想定されていた。 日本の…

文学の秘密を語る声。/『越境広場』第7号 中村和恵「ほおろびに身を投じる――エドゥアール・グリッサン『第四世紀』に見出すモルヌの風とカリブ海のもうひとつの歴史/物語」

『越境広場』第7号。女の声が強く響く『サルガッソーの広い海』(ジーン・リース)と『第四世紀』(エドゥアール・グリッサン)を対比させつつ、カリブ海の作家たちの「もうひとつの物語」を見渡しつつ、正史のなかには存在しない口承的記憶と文学について語…

〈番外編〉 京都の牛頭天王社の痕跡を歩く。

2020年5月8日(月) 午前9時半より京都・神宮丸太駅から歩き始める。 『増補 陰陽道の神々』(斎藤英喜著 思文閣出版)に収められているコラム「いまも京都に棲息する牛頭天王」が本日のナビ。 今では牛頭天王を祭神としている神社はないのだが、岡崎東天王…

『沖縄と朝鮮のはざまで』 メモ    牛馬としての朝鮮人「軍夫」

動物化というキイワード。 証言1 古堅には朝鮮人の軍夫もたくさんいたが、日本軍に牛馬の扱いをされていてとてもかわしおうだった。あるとき、私の家の前で、一人の朝鮮人軍夫が、日本兵に激しく叩かれて「アイゴー、アイゴー」して泣いていた。 証言2 (…

またまた閑話休題  いかがわしい山伏がまっとうな山伏であるということ。

山伏は権威を認めない。ただ山に分け入り、鳥獣虫魚山川草木のすべてにカミを感受し、鳥獣虫魚山川草木と同じ一個の命として、ひれ伏して敬意を表する。 無力な一個の命として、同時に命と命がつながりあって大きな命の水脈を生きる存在として、大きな命を織…

閑話休題/今日はお勉強。 緊急事態宣言が解かれた奈良で、ようやく予約していた本を図書館から借りてきた。

図書館もずっと休館で、大変困っていたのだった。 予約していたのは、『近畿霊山と修験道』(五來重編 名著出版) 他に予約している者もいないというのに、コロナのせいで1カ月近く待たされた。 既得権益層の経済活動は最大限守るが、本一冊も自由に借りれぬ…

水俣・乙女塚 塚守だった故砂田明さんの詩「起ちなはれ」(作・砂田明)の語りを、砂田エミ子さんに聞いていただくために水俣へ。

そもそもは、鳥獣虫魚草木、すべての生者、死者が集う鎮魂と芸能の場として開かれた乙女塚、 1993年に砂田明さんが亡くなってから、だんだんと静まりかえっていった乙女塚、 そこで、いまいちど、芸能祭をしよう、みんなで歌い踊ろう、砂田さんの詩を語って…

富雄川沿い(登美の小河)散歩  添御縣坐(そうのみあがたにいます)神社&根聖院 メモ

富雄川沿い 県道7号線を富雄駅から大和郡山の方向へと歩いて10分ほど、「添御縣坐神社」と刻まれた石柱のある角を、田畑に囲まれた変電所のあるほうへと左に折れると、前方に鎮守の森が見える。 神社の参道、境内にあがる階段の手前の坂の左右に祠。どうやら…

「不知火曼荼羅」石牟礼道子 (砂田明『海よ母よ子どもらよ』より) 

明後日2020年5月9日 必要で、緊急な、大事なことのために、水俣を訪れる前に、乙女塚の塚守であった故・砂田明さんの本を読んでいる。 その本に寄せられている石牟礼道子さんの文章から。 ----------------------------------------------------------------…

富雄川源流めざして、高山町~傍示~かいがけの道をたどって龍王山へ。  (備忘メモ)

これは、白洲正子『十一面観音巡礼』から取ってきた地図だ。 霊山寺、王龍寺、長弓寺と富雄川沿いの寺を訪ね歩いて、 さて、下流の飛鳥、法隆寺に向かうか、上流の高山、傍示、龍王山に向かうか、 時はコロナ自粛真っ最中、法隆寺は拝観停止、となれば、これ…

閑話休題その3。   いつもの道でも、何度も歩いて初めてわかることがある。 

2020年5月1日。メーデーだ。だが、世はSTAY HOME。 STAYと言われて、従順にHOMEにいるのは犬だけだと思っていたが、そうでもないらしい。 いや、もしかしたら「犬だけ」で正しいのかもしれない。思った以上にこの世には尻尾も毛もない「犬」が多かったという…

富雄川沿いの、真弓山長弓寺へ。 十一面観音を確かめに。  (備忘用メモ)

2020年4月28日。真弓山長弓寺再訪。 初めて訪れたのは昨年の八月だった。 そのときも、伊弉諾神社の一の鳥居をくぐって入ってゆくこの名刹に残る廃仏毀釈の跡のことを記録している。 いまは伊弉諾神社とされている、寺の境内の中にある神社が、明治以前は牛…

権力の源泉  (メモ)

自然の力を、自然のままに置くことなく、 火を盗んでくるように、 神聖不可侵の自然の奥底の力を盗み取り、 社会の中に持ち帰る者が、 自然の力を「権力」として創りかえて「王」となる。 神聖不可侵の(もしくは、死の世界である)山中に入り込むことで、 …

富雄川沿い 海瀧山王龍寺に十一面観音を観に行く。そして登美神社も。 (今日も走り書き)

2020年4月28日。 日々山伏が祈りを捧げに行く小さな滝と不動明王と十一面観音がいる王龍寺(黄檗宗)に、この日は私もついてゆく。 目的は、まずは十一面観音。そして、山伏が境内の中の小さな丘の上に見つけた「登美神社」。 王龍寺に行くには、富雄谷の谷…

閑話休題その2   富雄という地名の由来

富雄川沿いに住んでいる。2019年の夏からだ。 斑鳩やとみの小川の流こそ 絶えぬ御法のはじめなりけり (新千載集) 今回は、富雄川は「登美の小川」と呼ばれるが、その「登美」とはどこから来たのかという話。 それが気になって調べはじめたら、ちょっとびっ…

富雄川散歩は、白洲正子に嫌われた霊山寺から。  (備忘用 走り書きメモ)

2020年4月25日。大和国 登美山鼻高霊山寺。 まずは寺の縁起。公式HPから。 霊山寺の所在する富雄の里は、古事記には「登美」であり、日本書紀では「鳥見(とみ)」の地となっています。 敏達天皇の頃より、この地方は小野家の領有でした。右大臣小野富人(遣…

秋篠寺に行ってきた。 (備忘用メモ)

2020年4月21日 富雄川沿いのわが家から、秋篠川のほうへと向けて、車を出す。 今日は秋篠寺だけ。 ここにも十一面観音がいたのだが、国立東京博物館に行ったきり帰ってこない。 この方です。厳しい顔をしていらっしゃる。かつての荒ぶる神の面影があるようで…

明日は秋篠辺りを歩く。  (予告編)

コロナのせいで、外に出たくてたまらない。 出ようと思えばもちろん出られる。 お上から自粛などを要請されたら、なおさら外に出たくなる。 しかし、見るもの触れるもののすべてが信じられないという、近代の極みのようなこの「不信の病」は、信じることによ…

大神神社の神宮寺だった平等寺と、明治以前は妙楽寺だった談山神社を訪ねる。 その2 (備忘)

談山神社もコロナ対策で、正門は閉じ、西門だけで受付をしていた。 しかし、「別格 官幣社」って。明治の世に、神仏分離を経て、それなりに偉くなったんですね、談山神社。 談山神社公式HPには、その歴史について、こうある。 御祭神 藤原鎌足公 舒明・皇極…

閑話休題  オリンピックがいやだ、と言って東京をあとにしたのは2019年7月。

奈良に住んでいる。土地勘も全くないまま、不動産屋にあちこち案内されたなかで、手持ちの貧しい予算の範囲でとこれならという家をようよう見つけて、富雄という土地に居を定めた。 奈良盆地の端っこ。目の前に生駒山が見える。矢田丘陵という丘陵地帯も見え…

大神神社の神宮寺だった平等寺と、明治以前は妙楽寺だった談山神社を訪ねる。 その1  (備忘)

4月15日。 本日はまずは、明治の神仏分離の折に三輪神社から追われ、別の場所に現在はある元神宮寺「平等寺」を訪ねる。 ここの御本尊も十一面観音だという。不動明王もいるという。神仏習合の山だった三輪山から払われた仏の部分、つまりは三輪山の<実>の…

聖林寺に十一面観音を会いに行くつもりが、コロナのせいでまずは大神神社へ。其の二。(備忘のため、走り書き)

四月八日、大神神社を午後三時過ぎに出た。 登拝のあとなので、膝が大いに笑っている。 遠ざかる三輪山を眺めつつ、聖林寺へと車を走らせる。 桜井の町は桜が満開。 寺を訪ねるには少しばかり時間が遅い。 このお方に会いに行く。 <これは聖林寺発行の絵葉…

聖林寺に十一面観音を会いに行くつもりが、コロナのせいでまずは大神神社へ。其の一。(備忘のため、走り書き)

そもそもは安藤礼二の『列島祝祭論』に、伊勢ー室生ー初瀬ー三輪ー大和―若狭を結ぶ水の道があること、それは水の女神 「十一面観音」の道でもあるのだと教えられたことが事の発端。 (ちなみに、東大寺の火と水の祭典 お水取が、若狭と伊勢の結び目になって…

土のことを何も知らなかったんだな。『土の文明史』(デイビッド・モントゴメリー) メモ

認識を変える記述のランダムな抜き書き ◆宗教改革 十五世紀には、教会は地域によっては五分の四もの土地を所有しており、貴族をしのぐヨーロッパ最大の地主となっていた。教会の土地を取り上げることをもくろんでいた君主とその支持者は、小作人の間に拡がっ…

山のものは山へ、川のものは川へ  『いざなぎ流祭文と儀礼』メモ

高知県旧物部村。いざなぎ流太夫のひとり計佐清太夫の言葉。 山の神を祭るときにとくに注意すべきは、これら眷属たちをきちんと祭ることにある。眷属たちにたいして「言葉をかけてやる」ことが必要なのだ。それを忘れると、山の神の祭りそのものがうまくいか…

山のものは山へ、川のものは川へ  『いざなぎ流祭文と儀礼』メモ

高知県旧物部村。いざなぎ流太夫のひとり計佐清太夫の言葉。 山の神を祭るときにとくに注意すべきは、これら眷属たちをきちんと祭ることにある。眷属たちにたいして「言葉をかけてやる」ことが必要なのだ。それを忘れると、山の神の祭りそのものがうまくいか…

『いざなぎ流祭文と儀礼』(斎藤英喜 法蔵館文庫) メモ

序章 いざなぎ流の「祭文」は、職業的な芸人=祭文語りに担われた歌祭文や山伏祭文、説経祭文、デロレン祭文などの近世的な祭文とはまったく異なる世界であったのだ。いざなぎ流の祭文は、太夫が執行する祈祷や神楽のなかで読誦される、まさしく宗教的詞章/…