2015-11-01から1ヶ月間の記事一覧

養蚕講  メモ

養蚕講というのが、昭和の頃までは、養蚕農家の間で行われていたのだそうだ。 地域の養蚕農家が集まって、崇拝する蚕の神を祀り、豊蚕を祈願し、その蚕神の祀られている神社・寺院に詣でるのだという。 養蚕講は、「蚕日待ち」「おしらさま講」「蚕影山」と…

菅江真澄の旅

天明5年(1785)秋。旧暦の8月。津軽の外ヶ浜あたりを菅江真澄は旅をする。 それは天明の大飢饉のさなかのことで、鰺ヶ沢の港から内陸へと進み、床前の野原に差し掛かると、そこには餓死者の白骨がうず高くつまれていた。 旧暦8月15日の日記。笛、つづみ…

その言葉は白骨の歌えるものか?

これは2015年11月6日に、熊本学園大学の遠藤隆久先生の「法学入門」の講義にて、ゲストスピーカーとして話したことのほんの一部です。 生きてゆくための言葉を手放さないために。 二〇一〇年三月、済州島を初めて旅したとき、じゃりじゃりじゃり、私…

 福島県郡山市日和田町 蛇骨地蔵堂

蛇骨地蔵堂は養老7年(712)に松浦佐世姫が開山したと伝えられる。 説経『まつら長者』のさよ姫だ。 蛇骨地蔵堂のいわれは以下の通り。日和田の領主であった浅香左衛門尉忠繁には、あやめ姫という美しい娘があった。家臣の安積玄蕃が求婚したが、忠繁に拒…

そういえば、奄美にも百合若伝説。

島尾敏雄『東北と奄美の昔ばなし』に収められた「奄美のユリワカ」。奄美のユリワカの名前の由来は以下のとおり。子供のない夫婦が国中のオミヤに子宝をお願いして歩いた末に、オミヤのボウサン(奄美では神仏混淆)に、オミヤの先の、たきの上のユリのえ花…

 新潟県北蒲原郡聖籠町 聖籠山宝積院 百合若伝説

面白いなぁ、 幸若舞や古説経の「百合若大臣」の物語が、新潟の聖篭にも。 10月24日に聖篭町を訪れて、百合若大臣の愛鷹緑丸の立派な供養塔を見た。 幸若舞でも、古説経でも、百合若は蒙古との戦に豊後(=大分)から出陣して、九州の玄界島に置き去りにされ…