小野十三郎  メモ

「犬」

 

犬が口を開いて死んでいる。

その歯の白くきれいなこと。

(「抒情詩集」より)

 

 

革命は、人間の耳、聴覚に対しては最もおそくやってくるか、或は永久にやってこない。それに反して、旧い勢力や古い秩序の立ち直りときたら、これはおどろくべき早さで、人間の聴覚からはじまる。

(「火呑む欅」あとがきより)

 

ざわざわと雨になった。

だれかが言ってゐる。

この雨でまた山には茸が出るだろう。

日本といふ国はなるほど悲しい国だ。

(「抒情詩集」より)

 

 

「拒絶の木」

 

立ちどまって

そんなにわたしを見ないで。

かんけいありません、あなたの歌にわたしは。

あなたに見つめられている間は

水も上ってこないんです。

そんな眼で

わたしを下から上まで見ないでほしい。

ゆれるわたしの重量の中にはいってこないでください。

未来なんてものでははわたしはないんですから。

気持のよい五月の陽ざし。

ひとりにしてほしい。

おれの前に

立つな!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

渚に立つ  メモ  つづき

「同質はこの世に存在しない。同質は存在しないと知った者だけが人を愛するという苦悩を生きうるのだ。異質ゆえにひびき合う魂、ひびき合いつつなお己れの固有の理由にこだわる精神だけが私たちを、一人一人をよく自在な方位へ展開させるのかもしれない」

清田政信『渚に立つ』(共和国) メモ

なぜ尹東柱なのか。  メモ

「日本語にあらがいつつ、それでも日本語で生きねばならない一人の在日の表現者

という自己規定する詩人金時鐘がいる。

 

この詩人が尹東柱を語れば、当然に異なる容貌が浮かびあがる。

 

 

時代の情感に流されてのまれて歌うのではなく、

自分の抒情で歌うこと。

それ自体が、一つの抵抗となるということ。

 

2008年2月16日「詩人尹東柱とともに集う 2008」シンポジウム@立教大学 

金時鐘の言葉から。

尹東柱の抒情の質を問いつつ。

 

主情的な情感から切れてなお流露している律動こそが、見出さねばならない現代詩人の抒情なのだ。詩人の、ひいては人の思想の、旧い、新しいはこの抒情の質によって見分けがつく

 

感情のおもむくままに流動する情感に「待った」をかけ、何につきうごかされている気分なのかを、自ら明かしたてているものが現代の抒情だ。情感のみでは批評は働かない。 

 

 植民地の民として、禁じられた朝鮮語で詩を書く青年の詩が、後世に「抒情詩」として読まれるのはなぜか?

「抒情的」でいられる余地などなかったはずなのに、なぜ?

 

 

そこには、日本語による情感、抒情に覆い尽くされた時代=「朝鮮語が死語でしかない」とされた時代に、それとは「別の(朝鮮語の)リズム」が、尹東柱に体内に、けっして消えやらぬ力で脈打っていたことがはっきり示されている。尹東柱をただいとおしむのではなく、彼の、まみれることのない抒情の質に思いをいたして、あらためて読まれる尹東柱の詩であることを念じている

 

 

 

 

 

金時鐘「私の八月」より  (メモ)

国家と国民と植民地の民と。

いまいちど、自分自身の来歴を考えるために。

 

終戦”時、「戦勝国に準ずる解放された国民」とみなされた私たち在日朝鮮人は、一九四六年十一月五日と十二日の連合軍総司令部からの一片の声明「まだ本国に帰還していない者は日本国籍を保持するとみなされる」によって、いきおい占領される国民になり代わってしまいます。日本政府はこのGHQ通達を楯にとって、当時六百余りもあった朝鮮人民族学校を問答無用に接収しました。

 

祖父が神奈川朝鮮学校の創立に関わっていたことに思いを馳せつつ。

 

 

そればかりか、日本国籍を保留しているはずの在日朝鮮人を対象に、明治憲法が終息する最後の日の一九四七年五月二日(三日は憲法制定日ですね)、あろうことか昭和天皇最後の勅令二〇七号によって「外国人登録令」が発布されます。今日の「出入国管理令」の大本であります。 

 

※この時点では「日本国民」と見なされていた在日朝鮮人を、退去強制を含む「外国人管理」の下に置いた。つまり、「日本国民」として日本の司法の統制下に置きながらも、「選挙権」を停止し、実態としては「外国人」として管理するという、日本政府にとっては都合の良い、ねじれた位置に在日朝鮮人は置かれた。また外国人登録には、出身地の意味で(国籍という意味ではない)「朝鮮」という語句が記載された。

 

 

※1952年4月19日 

「平和条約の発効に伴う朝鮮人、台湾人等に関する国籍及び戸籍事務の処理について」(昭和27年4月19日付法務府民事局長通達」


サンフランシスコ平和条約発効により、旧植民地出身者は内地の戸籍に組み入れられたものは日本国籍、旧内地出身者で朝鮮籍に組みい入れられたものは朝鮮籍に自動的に区分けされた。いずれにしろ、本人の意思による国籍選択はみとめられなかった。

 

 

※1965年12月17日 

「日韓法的地位協定実施に伴う出入国管理法特別法」(昭和40年法律第146号)公布(1966.1.17施行)
韓国籍の「法126-2-6該当者」とその子孫に永住資格(協定永住)を許可。

  (これは私の法的地位に関わること。)

 

◆そして朝鮮半島は?

 「四・一九革命」から、朴正煕軍事クーデターへ。

一九六〇年、ブルボン王朝とまでいわれた李承晩政権を学生たちが百八十三名の若い命を散らして倒し、李承晩という暗愚な大統領を国外に追放します。

 

李承晩政権が倒れるや否や、全く地の底から声が噴きあがるように、「行こう北へ、来たれ南へ」という呼号、呼び交いが沸き立って、軍事境界線板門店で、南の学生・青年・労働者代表と北の学生・青年代表との会談が開かれるようになり、軍事境界線をめざして潮のような行進が始まります。明日が南北の学生青年たちの大同の会議が開かれるという日、会議前日の未明、朴正煕による軍事クーデターが起きます。 

 

韓国の兵隊は、一九五三年の「韓米相互防衛条約」によって、アメリカ軍司令官の許可なしには一兵たりとも動かせないきまりになっているのですが、朴正煕はあれだけの軍隊を動かして、ソウルを制圧し、民主人士をみな検束していきます。これは、歴然とアメリカがさせた軍事クーデターであります。 

 

 

 

金時鐘『背中の地図』から。 

「事もなく」と、金時鐘は、繰り返し、投げ捨てられ、忘れられ、消されていくモノ・コト・ヒトを歌ってきた、ということを想い起こす。

 

ノアの洪水さばがらの東日本大震災の惨事すらやがては記憶の底へと沈んでいって、またも春は事もなく例年どおり巡っていくことであろう。記憶に沁み入った言葉がないかぎり、記憶は単なる痕跡にすぎない」 

 

産土神」。風土を失った者の詠う「産土神

 

「呪文」

 

耐えれば春も芽吹いてくると人が言い、

根雪すら根元からほぐす

木の根になれと風が言う。

逆立った海と

岩戸の青い鬼火とが戯れ合った

三陸の大地に

産土神よ蘇りませと

途切れた線路つたって手を合わせ

思いのだけのリュック担いで

ひと掬いのま水になれと草いきれが言う。

 

(後略)

 

見えない町をゆくのが、詩人なのだとすれば、見えない町の所以を知るのならば、見えない38度線で断たれて、呪縛された 済州ー猪飼野ー東北と、どうしようもなくゆかざるをえないのも詩人。

 

「夜汽車を待って」

 

そこへはまだ行ったこともないのに

なぜか大事な何かを忘れた気がしてならない。

夜ともなれば列車はきまって三陸海岸を逆のぼり

無人駅にも桜は例年どおり舞っていて

そこでもまた私は

朴訥な誰かを見捨ててしまっている。

特定の誰かでもなく

定かには見分けもつかない人びとなのに

それでもありありと顔が見えるのだ。

 

(後略)

 

改元。それがどうした。

 

改まっても同じくさってゆくしかない年が

またしてもそこまで

無人の街をかすめてやってきていた

 

(「またしても年は去り」より最後の3行)

 

 

「それでも言祝がれる年はくるのか」と詩人は言う。

 

嘘はここで群れ合っている

心情で睦んでいとおしん

何から何を癒しているのか。

 

ふたたび「産土神」。

 

思いおこすのだ

産土神が坐しました里の夜は

畏れがしろしめす奥深い暗だった。

その畏れを散らして

禍いは青く燃えているのだ。

 

(「禍いは青く燃える」より最終連」)

 

見えないままに冒される/眼のそこの緑の錆

 

私は見ました。

呼び合う間もなく裂かれていった人たちの

虚ろな心の空洞を、

空洞の奥の昏い沼を見ました。

澱みが鈍く、

放射能を湛えてしずもっていました。

浄めようも浄めようがない

水の祟りをそこに見ました。

ゆらゆら影でしかない私がゆらめい

眺めるだけの私を私が見つめていたのでした。

見えないままに冒される

眼のそこの緑の錆を。

 

見えないものをいる眼すら、すでに何も見えなくなったとき、

詩人はどうやって詠いつづけるのだろうか。

 

詩はいかにしてこの荒廃を突き抜けていくのだろうか。

『無謀なるものたちの共同体』(李珍景 インパクト出版会)

まずは序から。

 

 野生会議99 立ち上げにあたって、肝に銘じる言葉。

 

脱近代的なコミューンであれ、前近代的な共同体であれ、 類を問わず、共同性は資本との対決なしには存続できない。そもそも資本主義は、共同体を解体し、ひとびとを寄る辺のない無力なひとりの個人にしなければ、誕生し得なかった。また、それは共同性を搾取するのだが、あらゆる種類の共同性を解体し破壊するやり方で搾取する。したがって、いかなるコミューンも資本主義あるいは、その価値法則と対決することなしには存続できない。