船出

大陸からの季節風済州島の漢拏山にぶつかると、その風下、済州島の南南東の方向へと、「カルマン渦列」という交互に並んだ渦の列ができる。それはずっと奄美大島まで伸びてくる。
それは、『薄墨色の文法』(今福龍太 岩波書店)の「唸り」の章に書かれていること。
「唸りをともなう民族楽器は、すべてこのカルマン渦によって大気にもたらされる波動の原理を応用したもの」なのだそうだ。

「颱風の通り道の島に住む人々は、ハンガリー流体力学者テオドール・フォン・カルマンがこの現象を発見し定式化するはるか以前から、カルマン渦の効果を身体の奥底で無意識のうちに内化していた。奄美群島の島々で歌い継がれてきたシマ唄は、低くしわがれた唸り声のようなドローンをたえず響かせていた。入り江を隔てて村と村とが連絡をとるとき、おおきな螺旋状の巻貝であるホラガイが広く使われ、その低い通奏低音は、渦を巻きながら海を渡って対岸の集落へと多様なメッセージを含むドローンを届けていた」

島伝いに伸びてゆく<唸り=唄>の見えない道を想う。
台湾の原住民族プヌンの、風が教えた唄の物語を想う。
大洪水の世を舟に乗って渡って、台湾という島にたどりついたという原住民族プヌンのはじまりの物語と彼らの歌を想い起こす。

風の唸りに船出を夢見る。