人には貪欲虚妄とて、欲心内に含めば、親しき中も疎うなり候。


幸若舞「信太」。
これは「山椒太夫」と同根の物語。

主人公の信太の小太郎と千手が姫は、桓武平氏将門の流れである相馬氏の子で、父の相馬殿は亡くなって一年にもなろうとする。

千手の姫の婿である小山の太郎行重は、亡き相馬殿への孝養とねんごろな供養をするのだが、その行いに感じいった御台と信太の小太郎が、小山の太郎に対して信太の領地を半分贈ったことから、小山の太郎は欲心がむらむらと。

忠臣浮島太夫が、「折々の引き出物に宝をば尽くさせ給ふとも、所領におきては一所も譲らせ給ふべからず。人には貪欲虚妄とて、欲心内に含めば、親しき中も疎うなり候」と諫めたというのに、聞き入れるどころか、かえって浮島太夫は遠ざけられ、そして、物語は大きく動き出す。

小山の太郎は所領をすべて奪い取り、信太の小太郎を殺さんとし、呪法で御台は果て、忠臣どももある者は討ち死にし、ある者はもうこれまでと出家し……。ようようひとり逃げのびた信太殿は近江大津で人買いにかどわかされ、鳥羽、堺、四国西国と売られてゆき、後には北陸道の灘、若狭の小浜、越前敦賀、三国の湊、加賀の宮の越と転々と売られてゆく、しもじもの労働など知らぬ高貴の出自ゆえ、売られた先々で役に立たぬと疎んじられ、ついには放り出されて乞食となり、流れ流れて能登の小屋の湊、そこで盗人一味に間違われて、殺されんばかりに打ち据えられているなかを、救われ、陸奥の国の外の浜の塩商人に買われてゆく。外の浜でも酷い塩焼きの労働、そこに現われた外の浜の領司が信太殿を高貴の身と見て取って、養子にするところから、信太殿の運命が開けてくる。ただひとつ身につけていた、わが身を証する信太玉造の地券巻物のおかげで、ついには奥州54国の国司となる。

一方、千手の姫も、婿の小山に追い出され、弟の信太殿捜して、廻国比丘尼となって諸国を旅する。
常陸から京の都、そして天王寺、住吉、根来、粉河、熊野。四国、淡路島、赤間ヶ関、芦屋の山崎、博多の津、志賀の島、名護屋、瀬戸、平戸大島、松浦弥勒寺、伊豆の里、くわんぎ、五島島、伊王が島、壱岐の本居、日向の国に土佐ノ島、紀伊の里に沫島、豊後豊前、肥後、阿蘇の岳、筑前の国に壱岐の里、遠国波濤に至るまで。……、こうして三年三月、諸国くまなく彷徨い歩き、富士をいづくと遠江、恋を駿河の身の行方、待宵の月も雲間を伊豆の国、信太にいつか奥州まで。
そして、奥州54国の国司となっている弟と巡り合う。

廻国比丘尼となっている姉は知らず知らず国司による施行を受ける。父相馬殿、母御台、信太殿成仏得脱成り給へと、回向の声をあげる。この声が比丘尼となった姉と、国司になった弟を引き合わせる。

信太の小太郎は、小山の太郎行重を討ち取り、仇を取る。忠義の死を遂げた浮島太夫をはじめとする
家臣の血縁の者たちに褒美を与える。

信太の小太郎、千手の姫、末繁盛と聞こえけり。