この本はちょっと読むのがしんどい。
結論ありきで、信念と情熱で書かれたものだからだと思う。
この結論の論証するために集めてきた歴史パズルの無数のピースを眺めていると、
その結論よりも、ここまで筆者を駆り立てたものに思いを馳せて、ため息が出る。
まず、筆者李起昇の問題提起。
在日コリアンの一世がまだ元気だった頃、在日の知識人たちは、日本は朝鮮の派生物で、天皇陛下は朝鮮人だ、といっていた。その根拠として日本の資料をあげ、奈良の都の八割が渡来人や渡来系だからというのだった。つまり日本人の八割は朝鮮人で、親分である天皇陛下も当然朝鮮人で、日本はそうやってできた国だというのである。
(中略)
仮にそれが本当だったとしよう。それならば、飛鳥や、奈良の都で話されていた言葉は朝鮮語だったはずである。然るに現代の日本の言語は日本語である。古代日本で共通言語だった朝鮮語が、いつどのような理由で、日本語に置き換わったのだろうか?
それとも日本語は朝鮮語から派生した言語だといえるのだろうか?
これの説明ができない限り、日本が朝鮮から派生したなどという説は信じがたいのである。
そして、それに応える仮説。
古代「日本人」は朝鮮に住んでいた。そこから戦争難民として日本列島に避難してきた。これが筆者の仮説である。
<仮説の骨子>
◆朝鮮に住んでいた「日本人」とは、倭人を指す。
◆現在の朝鮮語の原型の言語を話していた人々を「扶余人」とする。
◆現在の日本語の原型の言語「倭語」を話していた人々を「倭人」とする。
◆倭人の居住地は「楽浪海中」。
倭人とは、西朝鮮から渤海湾、黄海にいたる沿海地区、さらには東シナ海にいたる広大な海域にもその居住範囲を持ちうる「船」の生活集団。
彼らは背が低くて猫背でかがみ腰、頭髪は短く切って身体に刺青を施し、主として漁労に従事して、水田耕作も兼業する生活を営んでいたと見られる。
◆「倭人」は、アイヌの土地だった日本列島に流れ込んでいき、列島の人口の8割を占めるようになったとする。
◆遊牧民族の系統である扶余人の言語には、スケープゴートを必要とする彼らの意識を反映して、言語に「差別」が仕込まれている。
◆扶余人と交流のあった倭人の「倭語」にも、その影響はあるだろう。
◆言語の構造として「差別」を潜ませていないのはアイヌ語だ。
言語原理主義とも言える李起昇の思考をたどれば、日本における朝鮮人差別は、大陸からやってきた言語に由来するとも言いうる。
李自身は確かな言葉で語ってはいないが、韓国=朝鮮=父に対する憎しみなのか、怒りなのか、どうしようもない感情が淡々と仮説を論証してゆくその揺るぎなさのなかに潜んでいるように感じられる。