一番大切な思いは誰にも読まれないのだろうか。

読書同時進行中。

『純粋な自然の贈与』(中沢新一 講談社学術文庫
『響きあう異界』(浅見克彦 せりか書房
この2冊は、ざっくりと括れば、わが身の内に潜む異界をめぐる話。

「『存在』を語る言葉は、価値づけを与えたり、計量化したり、分析によって仕分けたり、ひとつの意味に固定したりする、ロゴスの働きから、自由でなければならないのだ。だから、『存在』を語る言葉は、『存在』そのものがそうであるように、純粋な贈与の精神にみたされていなければならない。哲学は、純粋な贈与する者である『存在』との間にくりひろげられる、かぎりない対話のプロセスそのものだ」(中沢新一「序曲」 『純粋な自然の贈与』より)

もちろん、文学もまた、そのようなものだ。純粋な自然の贈与としての、豊かな無の領域からの贈与としての芸術、文学、思想。そこには、無の残響がある。かけがえのない残響。ロゴスの背後に広がる世界をひそかに指し示す残響。異界の響き。


尹東柱詩集 空と風と星と詩』(金時鐘訳 岩波文庫)。
電車の中で、訳者の金時鐘の「解説に代えて」を読むうちに、身の置きどころがなくなるほどに、胸が熱くなってきた。

「抒情とか情感というものは、それ自体は個々人の心情のうごめきですので他人のあずかり知らぬことではありますが、にもかかわらずそれが感性の共感のように誰にも意識されることなく染みついてしまっているものであるとしたら、それはもう、一大思想と呼ばねばならないほどの心情の統制です。そのようにもあやふやで危なっかしい通り一遍の情感の中へ、尹東柱の詩を入れてはなりません。
 『夢見る力を失った者は生きてはいられない」とは、自らも獄中体験を経ているドイツの試飲エルンスト・トラーの言葉でしたが、若さの盛りで獄死を強いられた尹東柱は何を夢見て耐えていたのだろうと、遺稿詩集をひもとくたびに思ったものです」(金時鐘

人生は生きがたいものだというのに
詩がこれほどたやすく書けるのは
恥ずかしいことだ。
尹東柱「たやすく書かれた詩」より)


『愛のゆくえ』(リチャード・ブロティーガン ハヤカワepi文庫)
人々が一番大切な思いを綴った本だけを保管するこの世にたった一つの図書館から始まる物語。この図書館に収められた本は誰にも読まれることはない。