「コミューンは外部である――存在の闇と離脱の政治学  李珍景インタビュー」より

最近の興味関心は「穴」を作ること。

そういうわけで『不穏なるものたちの共同体』の著者でもある李珍景が『HAPAX11 闘争の言説』に寄せた声にじっと耳を傾ける。

 

----------------------------------------------------------------------------------

「コミューンというのは資本主義の外部であり、それを構成する実践的な場所の名前であると考えたのです」

 

「コミューン主義革命というとき、(中略) 真の革命は人間どうしの平等の実現だけでなく、人間ではない別の存在との平等が可能なのか、それはいかなるものか、ということを問うことなくしては考えられないと思います」

 

「歴史的に革命を試みてきた人びとや、別の生を生きようとした人びとは、基本的に負けてきたわけで、(中略)既存の価値や思想が支配的な世界で闘うということは基本的にほとんど勝つことができない力関係が前提にされています。」

 

「ややもすれば失敗はわたしたちの運命のようなものであり、時折やってきたりする成功は、その失敗の運命を忘れさせてくれる歌のようなものだというべきかもしれません。これは事態を成功と失敗、勝ち負けの問題として見るかぎりにおいて避けえないように思います。」

 

「わたしたちは失敗してきましたが、敗北してきたとは思いません。」

 

「われわれは資本主義のないところにむかうのではなく、資本主義のなかで穴をつくっていく。悪人がいるというのはどの世界でもそうですし、それよりもっと困るのは悪い人以前に良い人も壊してしまう資本主義という「悪い」世界のなかでわたしたちが生きて、なにかをせねばならないということです」

 

「われわれは悪人がいるなかで資本主義に穴をあけるコミューンをつくろうとしていく。悪人がいること自体は敗北ではない。そこで自分たちで穴をつくる」