水俣で漁師の話を聞く。

一昨日5月16日、溝口トヨ子ちゃんの鎮魂大芸能祭にために訪れた水俣で、20年ほど前に不知火海での夜明けの太刀魚漁に連れてってくれた漁師のTさんに、ばったり会った。

この20年ほどの間に海はずいぶん変わったとTさんは言った。

まず、太刀魚が取れなくなった。

なぜ?

獲りすぎたから。獲り方も悪い。

私が舟に乗せてもらったときは、延縄漁を体験させてもらった、でも、最近の主流は、網でごそっと取って、売り物にならないのは海にぽいぽい捨てる、というような、人間にとってはとても効率的な、魚にとっては無用な殺生ばかりが増える漁になっているのだと。

しかも、オリンピック方式といって、よーいどんで、みんなで競って網で獲りまくるという。そんなことしたら、魚が減ってゆくということはわかっているのに、競争をやめられないという……。

 

一時は、Tさんも含めて水俣から対馬に出稼ぎに行く漁師がずいぶんと多かったのだとも聞いた。

 

太刀魚漁のノウハウを対馬の漁師に教え、まぐろ漁のノウハウを対馬の漁師から教わったのだともいう。

イカ釣り漁船のあの目もくらむような灯りには、灯りのまわりに集まる小虫のような小魚を追いかけて、太刀魚が群がるんだそう。

イカと違って、太刀魚は群れなして群がってくる、それを網で一網打尽にするんだそう。

で、傷ついたのとか、小さいのとか、売り物にならないのは、ポイポイ捨てる。容赦なくポイポイポイ。

 

今はもう、対馬に行っていた漁師たちも水俣にみんな戻ってきた。

一番最後に戻ってきたのがTさん。

4年前にクモ膜下出血をやったTさんは、もう頑張らない漁師になるという。

跡継ぎはいないともいう。

水俣の漁師で跡継ぎのいる漁師はいないだろう、

Tさんはそう言った。