『ハイファに戻って/太陽の男たち』ガッサーン・カナファーニー(河出文庫)

灼熱の砂漠を、車に積まれた鉄製の空の水タンクに潜んで、クウェイトへと密入国しようとする三人の男たち。密入国ブローカーに払えるような大きな金の持ち合わせはない。しかし、クウェイトで職にありついて生きのびたい。

三人の男たちは、車が検問所の手前から検問所を抜けるまでの数分間、タンクの中の業火のような熱地獄に耐えれば、その先に天国が待っている、はずだった。

運転手が検問所で係官の戯言に捕まって、無駄な時間を浪費することがなかったなら。

この運転手は宮刑のようにして男性機能を奪われたパレスチナ人で、

たまたまありついた金持ちの運転手の仕事のサイドビジネス密入国ブローカーもどきをしようとしたのであって、それでぼろ儲けをしようと思ったわけではない。

必死でクウェイトに脱出しようとする貧しい男たちを、運転手は運転手なりに必死に手伝ってやろうとしたというのに、

検問所の係官たちが、女遊びなどできない運転手に、そうとは知らずにいい女と遊んでいるらしいなと妙に絡んでくる理不尽、それが20分にもなれば、空の水タンクの中の男たちを蒸し殺しだ、声もなく、じりじりと砂漠の灼熱の太陽に焼き殺された太陽の男たち……

 

運転手は、死せる太陽の男たちを前にして、叫ぶんだよね、

「なぜおまえたちはタンクの壁を叩かなかったんだ。なぜ叫び声をあげなかったんだ。なぜだ」

すると、砂漠がいっせいに谺するんだよね。

「なぜおまえたちはタンクの壁を叩かなかったんだ。なぜ叫び声をあげなかったんだ。なぜだ。なぜだ。なぜだ」

 

カナファーニ―が文字として書いているのはここまで。

 

 

灼熱の砂漠の砂粒の一つ一つが、この世界で声もなく殺されゆく者たちのようであり、

そのひそかな叫び声のようであり、

そもそも私たちは既に空の水タンクに隠れて、新しい世界への脱出を夢みる存在でしかないようでもあり、

くだらないこと、ほんとうにくだらないことで、私たちの脱出は足をすくわれるばかりで、

でもきっと、私たちを破滅させるのは、金や女が大好きな連中なんだと、そんなあまりにばかばかしいことを絶望的に思いつつ、

 

みんなタンクの壁を叩け、叫べ、と私もついには叫ぶのでしょう。

灼熱の砂漠の砂粒たちよ、なぜだ、なぜだ、と世界中にその問いを響きわたらせろ、

と叫ぶほかないのでしょう。

砂粒の叫びを耳にした誰もが、なぜだ、なぜだ、と問いをつないで、世界中を「なぜ」で覆いつくして、転覆させるまで、叫び続けるんでしょう。

 

 

そうやって、叫んでいる間も、たとえばイスラエルにはイスラエルの、パレスチナにはパレスチナの、日本には日本の、沖縄には沖縄の、朝鮮には朝鮮の、アメリカにはアメリカの、それぞれの問題を体現しながら生きる者たちが次々と生まれ育ってゆき、しかもそれぞれの問題は、実は世界を覆う大きな問題、根本的な問題であって、すべてはつながっているというのに、人間たちは分断されている、そして、分断されている人間たちが過去にあとにした故郷は時と共に異郷となりかわり、人はもはや故郷は未来に作るほかなく、砂粒たちの叫びこそが未来の故郷の道標になるのだということを、忘れてはならない、と、おそらくガッサーン・カナファーニ―は死せるのちも叫びつづけているんですね、

なぜだ、なぜだ、なぜだ、と問いかけながら。