…いいたまえ、何を見たまいしや? byボードレール

さてさて、小島信夫の『私の作家遍歴』を読み始めたら、あんまり面白くて、他のことが手につきません。予定していた仕事が全く捗りません。正直、最初は、「まずは小泉八雲を語るのね、ふーん、どれどれ」くらいのものだったのだが…。ちょっと、これは類まれな面白さ。ヘルンを出発点にして、ヘルンを語る風で、話はどんどん脇道へ、というより、本筋がない。いや、本筋がないという言い方は適切ではない。より近いのは、宮本常一が『忘れられた日本人』に描いたところの「対馬の寄り合い」をひとりでやっているような感じ。
対馬の寄り合い」とは、宮本常一によれば、「話といっても理窟をいうのではない。一つの事柄について自分の知っているかぎりの関係ある事例をあげていくのである。話に花がさくというのはこういう事なのであろう」。

小島信夫はヘルンとヘルンの周辺の人々、さらにはヘルンと同時代の人々のことを縦横無尽に語りながら、実のところは、いま現在(『遍歴』執筆当時)の小島信夫の心を占めて離れぬ謎、書くこと怖れること狂うこと、つまりは生きることをめぐる思いを語っている。そのように『遍歴』を読みたがって、以下に『遍歴』の一部を書き出す私も、いま現在の私の思いを、ここにわずかなりとも書きつけようとしているのだろう。


<信じるものをめぐって>
「彼らは何を信じようか、とあせった」(『私の作家遍歴』小島信夫 P105)


<生きることと狂気をめぐって>
「ヘルンはそれぞれ『罪と罰』と『復活』とを読んだ印象を述べているのだが、…中略…、彼は感動的な言葉を挿入している。私ははじめて読んだときの感動を忘れることが出来ない。彼はこの二人はこのロシアの状勢からすると、これらの文学作品を書かなかったならば、恐らく狂人になっていただろう、というのである。(中略) ロシアのこの二人の文学者についてこのような意見を述べた人は、私の知るところ、ほかにはいないと思う。ということはヘルン自身が、生きているということや、狂人にならぬ、ということは、何をすることであるか、ということを心の底で感得していたからではないか」(『私の作家遍歴』小島信夫 P105〜106)


<見えないものを見る> (ヘルンからゴーガンへと広がった話題のなかで)
「ほんとうはふりかえってみると、私たちの楽しみは、見えないものを見ようとすることにしかないといってもいいくらいである。どっちかというと当り前のことなものだから、それにあまりにも人間の中にある本質的な願いのようなものだから、かえって口にしないものだともいえる」(P184)


<三つの恐ろしいもの>
「苦痛と悲哀とのあらゆる神秘は、あの恐ろしい三つを―何が故にか、何処へか、何処からか、をさらに新たに起こします」(ヘルンのチェンバレン宛ての手紙の一節)
「われらはどこから来たのか? 何者なのか? どこへ行くのか?」(ゴーガンの問い)
「この三つの怖ろしいものを、ヘルンやゴーガンは、どこで学んだのか?」(小島信夫の問い)



まだ第一巻の半分しか読んでいない。