厄介な人々

司馬遼太郎『故郷忘じがたく候』を25年ぶりくらいに読んだ。鹿児島の朝鮮人陶工の村・苗代川と沈寿官を描いたこの小説は、薬の副作用で失意のどん底に突き落とされた長島愛生園の金泰九さんに、民族の誇りと生きる力をもたらしたという。ここ数日、金泰九さんとQ&Aのメールのやりとりをしている。問いを投げかければ、84歳の金さんから速攻誠実回答メールが飛んでくる。もう既に結論(もしくは達観といってもよい)に到達して、その結論を淡々と生きている金さんに、結論が出るまでの迷い、苦悩、揺れを想い起こしてもらうための問いの言葉を模索しては、一つまた一つ投げかけている。一歩一歩金さんに近づいてゆく。


『対談 文学と人生』(小島信夫 森敦)の中の言葉を反芻しながら、いろいろと考える。
道と世界:「とにかく、道が変われば世界が変わる。その反対に、世界を変えようと思えば道を変えなくちゃいかん。(…中略…)小説というのは実際は道を書いているんじゃないですか。それが世界になっているわけでしょう」(森敦)

倍率一倍、あるいは非密閉小説。「はたして倍率一倍でリアリズムが成り立つかどうかと考える。たとえばこれを光学の話になれば、倍率1.25倍じゃないと、レンズの視界とレンズの外の視界とは接続しないんです。というのは、望遠鏡の枠のなかで見ますと、倍率一倍では小さく見えるんですね。それだけの錯覚修正をするために1.25倍しなくちゃいかんというようなことを放浪しながらいろいろと考えたんです。文学するということは、作家が彼の思想芸術空間をつくることですね。そして、その内部にわれわれを閉じ込めるということですね」(森敦)
「小説の構造という意味からいいますと、倍率一倍というのは、小説という内部が現実という外部と接続している、いやもっと突っ込んでいえば小説という内部に現実という外部が混入してくる、その状態なんですね。ちょっと倍率をかけると、もう小説という内部は現実という外部と断絶するんですがね」(森敦)


さてさて、道をゆきながら倍率一倍で内部に外部が混入してくる小説を書く(=思想芸術空間を作る)小島信夫は、森敦と対談しつつ、対談が終わるたびに追記を書きつつ、そうやって回を重ねるごとに、前の回の対談が次々と次の回の対談に混入し、つながり、ますます倍率をかけずに対談は進み、ついには対談自体が対談について語る小島信夫によって『対談 文学と人生』という小説にすり替わっていく。まったく、この人たちは、特に小島信夫は素晴らしく厄介な人。うっとりする。