匂う町

8月12日は静岡方面に向かう予定であったが、地震のため中止。私は閉所高所暗所地震がダメ。代わりに中華街〜鶴見〜鶴見線ツアーへ。

鶴見線終点の扇町は、母方のおば一家がかつて住んでいたところ。まだ小学校にあがる前に母に連れられて何度か鶴見線に乗っておば宅を訪ねたことがある。記憶の中の扇町は、鉄が焼けるような辛いような匂いの町で、おばの家の真正面にはとんでもなく大きな煙突が数本そびえたち、煙突から噴出す炎が空を赤く焼いていた。映画「ブレードランナー」のワンシーンのような風景。

40数年ぶりに降り立った扇町駅は、昭和電工新日本石油三菱石油といった工場の町で、バス通りをほんの数分行った突き当りが三井埠頭。京浜工業地帯の真っ只中。とてもじゃないが人間が暮らすようなところには思えないが、それでも無機的な工業地帯にまばらに人家。町の風景とは対照的に、駅には猫が5〜6匹、つやつやとした毛並みで、人を見ても逃げることもなく、穏やかに暮らしているようだった。

おば一家は、この町で、埠頭に入港してくる外国船相手の食品販売や、下船してくる船員相手の食べ物屋をやっていたらしい。扇町から母に電話をかけた。「臭い町だった。おばさんはよく働いていた」。電話の向こうで母がただそれだけを繰り返し言った。

扇町から鶴見に戻ったところで日は暮れている。駅から綱島行13系統のバスに乗り、上末吉郵便局前を目指す。上末吉は生まれ育ったところ。途中、バスは森永工場前を通り過ぎる。子供の頃、森永工場前はタクシーに乗る女性の幽霊が出るという話をよく聞かされた。近所のおばさんが、森永工場前でタクシーに乗ったら、「あんた、生きてるんだろうね」と言われたとか。そんなことをふと思い出す。

鶴見駅前には沖縄料理屋、韓国料理屋。鶴見は京浜工業地帯に働きにやってきた半島の人間、南島の人間たちの町でもある。鶴見線浅野からほんの少し歩けば、沖縄ストリートがある。島の匂いとラテンの匂い。産業道路沿いには在日の町、沖縄人の町が点、点と……。