宝石

井上ひさし、今さらながらだけれども、やっぱりうまいな、見事に太宰を生かしてくれた。『人間合格』。
人間失格』の堀木とのやりとりのエピソードを下敷きにして、第二幕の最後を飾る、修治(太宰)と二人の友のたたみかけるようなやりとり。



佐藤:三人で、よく、反対語遊びというのをやったじゃないか。あれだよ。
修治:反対語遊び?
山田:右、左……。
佐藤:(うなずいて)わが身大切と万人平等、この対立なんだよ、人間の歴史は。
山田:天、地。
修治:対立したままで終るのか、人間は。
山田:上、下。
佐藤:(すでに首を横に振っていて)いや、この対立に、いつか津島の言っていた小さな宝石が割り込めば……。
山田:自分、他人。
修治:たとえば、友情も、その対立をアウフヘーベンするんだな。
山田:敵、味方。
佐藤:(頬笑む)人は一人では何者でもないんだ。
山田:男、女。
修治:人と生きてこそ宝石か。
山田:水、油。
佐藤:たぶん、な。
山田:お汁粉、ケーキ。
修治:友情の宝石がひとつでも持てたら、生まれてきた甲斐がある。
山田:山、川。
佐藤:きっと、な。
山田:夢、現。
修治:ちくしょう、長生きがしてえ。



宝石。劇中で井上ひさしは修治にこんなことを言わせる。「この世の中にはだれも見てはいないけれど、宝石よりずっと貴い出来事がたくさんおこっている」「そういう出来事を見つけて文章にしようと(魯迅は)思った」「文学の仕事とはそういう小さな宝石さがしだ」

井上ひさしは、『人間合格』で、太宰の宝石をちりばめている。生まれてよかったよ、太宰さん。