原点?

いい人、普通の人について、考えなくてはいけないと、ふと思った。
岡山県立邑久高等学校新良田分校は、世界で唯一のハンセン病療養所内に設立された高校だという。ここには日本全国の療養所から社会復帰の希望を胸に少年少女がやってきた。しかし、たとえ病気は治っても、社会復帰がいかに難しいことであったかは、新良田分校卒業ということを一般社会では言わないということ、新良田分校閉校時に作られた記念誌には、職員の名簿はあっても、卒業生たちの名簿はないということに如実に表れている。

さて、この新良田分校を振り返る分科会で、24年間この分校で教鞭を取り、閉校時の記念誌も作った元教師が、「自分にとって新良田分校とは何だったのか」と問われてこう答えたのである。「原点である」。どんな? 元先生がにこやかに語るには、「なにしろ教師の数は少ないから、ひとりで何でもやらねばならず、数学の教師で運動もそう得意ではなかったのに、卓球やらバスケットやら生徒たちの部活の顧問をやらされたことで、だんだん運動も苦手ではなくなり、新良田閉校後に赴任した高校では卓球部顧問となって、県大会でそこそこの成績が残せるくらいの指導力を発揮しました」、さらには、「記念誌新良田を苦労して作った経験が生きて、次の赴任校でも記念誌作りを任されて、きちんと作ることができました」。

なるほど、新良田で生徒と共に先生も頑張って、先生も大いに成長を遂げたわけですね。そして一般社会に戻って大いに活躍されたわけですね。でも、新良田を振り返って語るのは頑張った自分のことだけ? ハンセン病の生徒たちの先生として頑張る「いい人」であった自分のことだけ? 先生、そこで一体何をして、何を聞いて、何を見てたの? 

生徒たちに多くを教えられ、自分のほうこそ成長させられました、というはよくある教師の言葉。紋切りの当たり障りのない、なんとなく感動的な言葉。でも、それをここで使いますか? ここで、そういう普通の教師をしていてよいのですか?

とまあ、一般社会では「いい人」であり「普通の人」であるのだろう元教師の、所かまわぬ「いい人」ぶり、「普通の人」ぶりに、なんだかかなり考えさせられた。

この元教師が書いたものなのか、あるいは他の教師が書いたものなのか、よく分からないのだが、新良田の生徒たちの短所として、こんなことが書かれていた。(歴史資料館に展示されていた)。
「人間のあり方についてのつきつめた思索や反省にふけるものが多い」