勝手に相聞歌 その1 金子光晴と

「もう一篇の詩」 金子光晴   (『人間の悲劇』より)

恋人よ。
たうたう僕は
あなたのうんこになりました。

そして狭い糞壺のなかで
ほかのうんこといっしょに
蠅がうみつけた幼虫どもに
くすぐられてゐる。

あなたにのこりなく消化され、
あなたの滓になって
あなたからおし出されたことに
つゆほどの怨みもありません。

うきながら、しづみながら
あなたをみあげてよびかけても
恋人よ。あなたは、もはや
うんことなった僕に気づくよしなく
ぎい、ばたんと出ていってしまった。



「輪廻転生」  姜信子

そうだよ、あんたはあたしが後生大事におなかにかかえて生きてきた、黄金色のうんこだったのさ。
くさいくさい、あんたのせいで、吹き出物が出るわ、胸は痛くなるわ、なのに、どうしてもひりだせない、大事な大事なうんこだったのさ。
遠い昔のはじまりのとき、あんたはおバカさんのあたしを喰ったつもり、してやったりだったんだろう。
おあいにくさま。
あんたは体も心も薄情な食いしん坊だから、喰ったやつをほんの一日でスルリと外にひり捨てる。
一日でするっとひり捨てられてしまったら、まだあたしは喰われる前の姿だから、
そのうえ、あたしの心はあなたの腹の中のくらぐらした思いで染まって馴染んでしまったから、
ひり捨てられたあたしはあんたの腹の中が猛烈に恋しくて懐かしくて、あんたの腹ごと、あんたを丸呑みすることに決めたのさ。
のまれたんだよ、あたしに。
喰われたんだよ、あたしに。
覚えてないだろ、薄情だから、うすらとんかちだから。
あたしの腹のなかに収まって、ああ、あたたかいな、あかんぼになったみたいだな、おかあさん、おかあさん、なんてのんきなことを言ってたんだろ。
おかあさん、おかあさん、なんていいながら、悪がきみたいに、おかあさんの目を盗んで悪さすることばかり考えていたんだろ、
でもね、どうせ、あんたはあたしの腹の中。
隠れていたって、こそこそしたって、あたしの腹の中のあんたの腹が悪だくみで黒々してくれば、あたしの体も荒んで、
おや、腹の中の男が荒んできたねと、すべてはお見通しなのさ。
でも、あたしはあんたを腹の中から出しはしない。
あたしの腹も、あんたと同じで虚ろなカラッポだから、なにかを入れておかないと、できれば生温かいなにかがないと、さみしくてさみしくてたまらないのさ。あんたの生温かさがあたしを芯からぬくめるのさ。
あたたかいんだ、あんたはとっても。
悪い奴ほど、あたたかいんだ。
品行方正の男なんかを腹に入れたら、あまりに清らかすぎて、冷たすぎて、ぺっぺっぺっ。
人間臭いのを腹に入れて、血も骨も肉も塵も埃も穢れも臭いも理不尽もすべてあじわい尽くすうちに、
あたしは自分がだんだんと誰よりも人間らしい人間になってきたような気がするんだよ。
そうだ、あたしは人間になりたかった、あんたみたいな理不尽の塊の人間になりたかったんだ、
おいしかったよ、あんたはとてもおいしかった、
おかげでようやくとっても素敵なうんこがでた。
うんこになったあんたもとても素敵。
あたしはうんこのあんたを両手ですくいあげて、たっぷりと太陽にさらして、もういちど命の息吹を注ぎ込むよ。
そして、また、あんたはおバカさんのあたしに出会って、あたしを喰ったつもりがあたしに喰われるのさ。
おいしいおいしいあんたとの永遠につづく輪廻転生。