黄晳暎『客地』(岩波書店) メモ  友の血

「黄晳暎は語る 韓国現代史と文学  (聞き手)和田春樹」

 

「四・一九と友人の血」より

 

 私ととても親しかった安鐘吉君、彼は兄が『東亜日報』の記者であったためか、兄の影響を強く受けており、私と政治的な話をよくしていたんですが、その彼とともにソウル市庁前のデモに加わりました。そのとき、政府系のソウル新聞社が焼かれ、カービン銃の無差別射撃が行われました。そして私のすぐ側で安君がこめかみを撃ち抜かれたんですね。血が吹き出したので、私は傷を帽子でふさぎ、かついで一町ほど行きました。私も血だらけになりました。そこで車に乗せてソウル大学病院に連れて行ったんですが、行ってみると死体がたくさんありました。安君もそこで血の気がなくなり、青ざめた顔で死んでいったんです。

 

(中略)

 

今でも四・一九というと、傷口を帽子でふさいで私の全身を濡らした、そのときの友の血を思い出します。

 

これを読むと、李承晩政権下のソウルで反政府活動をしていて、ひとりふたりと消されていった作家金石範の友人たちの話をいやでも思い出す。

そして、死せる友チャン・ヨンソクからの血と涙で書かれたかのような手紙が、金石範をして長大なる『火山島』を書かしめ、金石範は90代になる今も泣きながら友のことを語り、友に対する返信のようにして小説を書きつづけることを思わざるをえない……。