赤目四十八滝 散歩  

車谷長吉の小説『赤目四十八滝心中未遂』を読んでから、いつかこの滝に来てみたいと思っていた。 もう小説の内容も忘れ果てたいまになって、室生寺の十一面観音を観に来て振られて(宝物館落成記念式典まで十一面観音は奥に仕舞い込まれていて拝観できなかっ…

2019年12月18日 陸前高田  たね屋さんで、たね屋さんの歌を聴いた。 言葉の発生/発声

半年ぶりの陸前高田。 官製 津波伝承館からまっすぐ海の方へ。 橋を渡って防潮堤へ。 (この橋は、防潮堤と町を切り離す橋のようでもある) 防潮堤には献花台がある。 (ここに献花するのは町の人ではなく、外からやってきた人のようでもある) 防潮堤が視界…

2020年の東京にはいるまいと思った。それもまたきっかけの一つではある。

2018年11月2日。奈良に移り住むための根拠地の立ち上げ。 あらたなはじまりへの第一歩。

石文化公園のことを考えていたら、宮沢賢治のことを思いが飛んだ。「宮沢賢治の鉱物幻想」を読む。石を思いながら再読する賢治の詩の言葉に無闇に掻き立てられる心。

鎌田東二によって、石に神を感じ取って山中を渉猟する山岳修行者、修験者と同じ感覚を持つ者として賢治は語られる。 その文脈のなかで引用される「石っこ賢さ」の言葉の数々。 わたくしたちは、氷砂糖を欲しいくらゐもたないでも、きれいにすきとほつた風を…

最終日  李仲變美術館は工事中で入れず。正房瀑布を訪れたが、4・3の時にそこで虐殺されて、死体も海に散って見つからない者たちの墓(空っぽの墓:虚墓)がある東廣里の交差点はただ通り過ぎるだけだった。

オルレが流行って、市場も毎日オルレ市場と改名した西帰浦の町、そこで私は団体から一人離れて、交差点の角のスタバで山尾三省の『火を焚きなさい』を読んでいる。近代化に抗する道/オルレと言い切るのは、やや無邪気だろう、それでもなお自身のオルレを思…

堂めぐりの後、午後は済州オルレの第7コースを少しだけ歩いた。オルレを発想し、つくりあげた徐明淑(ソ・ミョンスク)氏の案内で。

歩いて生きること、風景はその外側から観るものではなく、その中で生きるものなのだということを、思い出させる済州の道、 徐明淑氏自身がその道にたどりつくまでの人生の長い時間を聴いた。 とりわけ成り行きで我知らず民主化運動の真ん中で活動し、拘束さ…

3日目の午前、団体からひとり抜け出し、「堂」を訪ね歩く。臥屹里本郷堂から、堂めぐりをスタート。

臥屹里→松堂里→金寧里→北村里→新興里→善屹里とまわっていく。 「松堂」 ここは済州島の「堂」の神々の親とされる。 「北村里の海辺の堂」 有名な臥屹里と松堂里のほかは、堂の場所がよくわからない。 タクシーの運転手さんが地元の老人たちに聞いては探す。 …

済州大学の建築学の先生や、詩人の家の主宰の方の話を聞く。(一日目)、43平和記念公園、43の虐殺の村・北村里訪問(2日目)には参加せず、2日目午後の石文化公園からの合流です。

石文化公園に来たのは、四回目だと思う。 それは、この公園を創り出したひとりの男の狂気に引き寄せられてのこと。 男は、島の創世神ソルムンデハルマンと、その五百人の息子である五百将軍の神話を、自分自身の生の神話として、生きている。 男自身の母が「…

2018年10月13日<アナキスト宣言 in 京都>                                       思い起こせば、ここから「死者の声」とあらためてむかってゆく今回の旅ははじまったのだった。最初にこんな宣言をしてしまっているのだから、仕方ない。

『現代説経集』(姜信子 ぷねうま舎)より。 ただし、京都では、京都の声で、本文どおりには語っておりませぬ。 - 実を言えば、わたくし、ここのところ、恥ずかしながら「水のアナーキスト」を名乗っております。どうか陳腐な名乗りだと笑わないでください、…

10月19日深夜。ようやく東京に戻った。 鹿児島では忘れがたい出来事。

宗像から鹿児島の写真記録は ↓ にある。 宗像多禮の修験の跡をたどり、鹿児島ではハンセン病療養所の「死」をめぐる風景。 http://omma.hatenablog.com/entry/20181021/1540090780 敬愛園では、忘れがたい出来事。具体的な場所は言わない。その場所に入った…

ぐるりと20数年の旅がひとめぐりして、気がつけば、生死のあわいに立つ者たちの声が私の中でこだましている。

それは「死者たちの声」とも言えるし、生きながら「死」を生きる者たちの声とも言えるし、いずれにせよ、私はますます死者たちとともにいるのだとつくづく感じたのが今回の旅。宗像には、「死」を特別なこととして受け止めない、草木がだんだんと枯れていく…

姜信子、祭文語り八太夫の「旅するカタリ」の二人組は、不知火浄瑠璃(しらぬいじょろり)と称して石牟礼道子作品を浄瑠璃語りで語りながらの旅の途上、10月15日より宗像におります。

縁あって、宗像市多禮の公民館で、『あやとりの記』の世界、そして『西南役伝説』より「六道御前」を、祭文語り八太夫を語り手に、私は狂言回しの役割で、上演することとなったのです。ここ多禮には、人の死を、生からの地続きの自然の成り行きなのだと受け…

砂けぶり 二

焼け原に 芽を出した ごふつくばりの力芝め だが きさまが憎めない たつた 一かたまりの 青々した草だもの両国の上で、水の色を見よう。 せめてものやすらひに―。 身にしむ水の色だ。 死骸よ。この間、浮き出さずに居れ水死の女の印象 黒くちゞかんだ藤の葉 …

国文学の発生  「てっとりばやく、私の考えるまれびとの原の姿を言えば、神であった。第一義においては古代の村々に、海のあなたから時あって来り臨んで、その村人どもの生活を幸福にして還る霊物を意味していた。

と、『国文学の発生』(第三稿) まれびとの意義 において折口は書く。また、その「五 遠処の精霊」において、「沖縄の八重山」にその類例を見る。 「村から遠いところにいる霊的な者が、春の初めに村人の間にある予祝と教訓を垂れるために来るのだ、と想像…

「心安らかに居られる家郷を離れて、未知の地を久しく旅する者達は、一日の終る頃や夜の時間になると、限りなく魂の不安動揺するのを感じた。それを鎮めるための効果ある方法は、旅をする一行の者が共に静かな心、静かな言葉をもって、旅中の思いや風物を歌い鎮めることであった。

これを、 「旅の夜の鎮魂歌」 と、岡野弘彦が冒頭の解説に書く。意味深い言葉。 旅の夜の鎮魂歌。 旅中の一行の共同の呪的な祈りと歌の場。 まれびとと文学発生の場の光景の鮮やかなイメージのひとつ。

震災から一年半後に、線量計を携えて、自転車で、奥の細道をたどった記録だ。忘却と記憶の分岐点で、金まみれ嘘まみれの忘却への標識を拒んで歩く記録だ。

たんたんと旅はつづく、たんたんと読んであとをついてゆく、 この道は忘却と記憶の分岐点ばかりで形作られている道なのだ、 人間の記憶なんてはかないもので、まだ終わっていない震災すら忘れてゆく、 分岐点にとってかえして、記憶の方へと歩き直すのは、か…

足尾銅山の煙害と、山の乱伐で滅びた松木村跡(松木沢)に行ってきた。

風が吹いていた。山と山に挟まれた道をゆく、その後ろから、どっどど どどうど どどうど どどう、唸りをあげて風が追いかけてくる。 又三郎だな。 山を風が駆け下りてくるのが見える。風が蹴立てた土埃が風と一緒に山肌を走ってゆく。風の音は、ここにある。…

庭田源八翁の書いた「鉱毒地鳥獣虫魚被害実記」から立ち上がる声に誘われて、渡良瀬川のほうへと小さな旅。

旅の記録は、↓ にある。http://omma.hatenablog.com/ 足尾銅山が原因の洪水と鉱毒で鳥獣虫魚も死に絶え、人も移り住んでゆく、足利郡吾妻下羽田。「ニ十歳以下の者この例を知るものなし」と、 鳥獣虫魚も人も豊かに暮らしていた頃の下羽田の土地の記憶を語る…

いまを生きるカタリを考えるために。その2 石垣島から

石垣島のユンタの名手山里節子さんは、昭和12年生まれ。生後間もなく、母親が病気で郷里の新潟に療養に戻ってしまったために、明治生まれの祖母に育てられた。 だから、節子さんは、明治の、日本語を話さなかった石垣島のおじいおばあたちが話していた島言葉…

東京都あきる野市渕上 石積み(まいまいず)井戸

今はもう使われていないけれども、水は滔々と湧いているようだ。 あめんぼが水面を走っていた。

 東京都羽村市五ノ神 まいまいず井戸

◆羽村駅 ◆五ノ神社は駅のそば。西友の脇。 神仏分離令以前は熊野社。熊野五社大権現が祀られていたという。 今は、天照皇大神、素盞鳴尊、天児屋根命(あめのこやねのみこと)、伊佐那美命、事解能男命(ことさかのおのみこと)が祀られている。 ◆五ノ神社前…

八王子城跡近くの石仏群は観音様ばかり

どおおおおおっと風吹く日に、八王子城跡あたりをうろうろ。寒かった。 八王子城の城山のふもとに観音堂がある。その脇の木立の中のあちらこちらに石の観音像、千手観音、十一面観音、千手十一面観音と。 これは西国33か所、坂東33か所、秩父34か所の…

12月30日 『大松明まるき』(斎館、庭上)

以下、宿坊多聞館のHPより。各町の若者の代表が羽黒山山頂に上り、悪鬼・邪悪の象徴とされるツツガムシを模った大松明を作り上げる。斎館で松聖によるお祓いを受けた若者達は大松明の材料となる綱・網・簾などを斎館から山頂まで担ぎ上げる。担ぎ上げた材料…

廃仏毀釈を生き延びた羽黒山 荒澤寺 

<羽黒山 荒澤寺 絵図>● 荒澤寺は、羽黒山荒澤口にあり、かつてはここより女人禁制。 ● 現在の荒澤寺 本寺 <羽黒山 正善院 絵図> ● 現在は、羽黒山ふもとの正善院が、羽黒山 荒澤寺正善院として、仏教系修験の本拠地となっている。 ● 湯立に使ったと思わ…

三山一枚絵図より、<湯殿山>

●湯殿山の霊力の源泉、湯殿岩は秘所として描かれていない。 ●湯殿山 注連寺 即身成仏鉄門海上人を祀る寺

 これは江戸時代に描かれた三山一枚絵図

沖縄に行く前に、これは観なくてはと思っていた。

山城千佳子『創造の発端 −アブダクション/子供ー」を新宿で観てきた。 面白かったなぁ。プレスリリースにこうある。 - 「山城は、これまで沖縄戦の記録と記憶の継承に始まり、在沖米軍基地によって引き起こされる沖縄が抱えてきた複雑な状況と向き合い制作…

 八王子 川口 縄切(なぎれ)

柳田国男に「ダイダラ坊の足跡」という小文がある。 冒頭の一文。 「東京市はわが日本の巨人伝説の一箇の中心地ということができる。我々の前住者は、大昔かつてのこの都の青空を、南北東西に一またぎにまたいで、歩み去った巨人のあることを想像していたの…

 旅の先々で、

お宮があれば、おみくじを引く。旅の行方を占う。★2016年6月8日 広島の宮島 厳島神社にて。旅のはじめのご託宣。40厳島神社 御神籤 「白檮宮兆(かしはらのみやのちょう) 大吉」これは末の子に生れても、そうりょうのやくを務るむるうらかたにて、…

 さまざまな「小栗判官」 まずは写真帖

2016年6月17日、今日は晴れている。日差しがちりちり痛い。垂井宿と赤坂宿の間、青墓。今では殺風景な旧道。 青墓 ここに遊女照手の墓。ここでは照手は遊女と書かれている。 照手だけでなく。義経伝説も。碑やら仏像やらすべてここに集めておいた感あ…