八王子 川口 縄切(なぎれ)

柳田国男に「ダイダラ坊の足跡」という小文がある。


冒頭の一文。
東京市はわが日本の巨人伝説の一箇の中心地ということができる。我々の前住者は、大昔かつてのこの都の青空を、南北東西に一またぎにまたいで、歩み去った巨人のあることを想像していたのである。しこうして何人が記憶していたのかは知らぬが、その巨人の名はダイダラ坊であった」


そのなかに、八王子の川口の縄切山に関するこんな記述がある。
「同郡川口村の山入という部落では、縄切と書いてナギレと訓む字に、附近の山から独立した小山が一つある。これはデエラボッチが背に負うてやって来たところ、縄が切れてここへ落ちた。その縄を繋ぐためにふじ蔓を探したが見えぬので、大いにくやしがって今からこの山にはふじは生えるなといった」


その縄切に縄切山を観に行った。周囲を山々に囲まれ、圏央道が山の腹を貫いて走る、そのあたり。
縄切山は他の山々の稜線とはまったく離れて、平地にちんまり、ぽつんと一つ。



山を作った旅の大神がいる、その足跡がある。そんな話があちこちにある。
そして、なお面白いのが、ダイダラ坊と百合若大臣の話。