近松の「百合若大臣」は……

幸若舞・説経の「百合若大臣」に説経「信太妻」の趣向が入り混じり、やけに面白い。

主役は筑紫の和田丸。今日の都の田村丸と並び立つ英雄。
「今度蒙古裡国の蝦夷起つて。新羅百済を攻め動かし直に日本と刧さんと賊船七百艘。対馬の沖に来る由日夜の注進頻りなり」
和田丸は夷狄退治の勅宣を受け、あわせて
「百人の力を合する由、百合はする書いてゆりと訓ず。今日より氏を百合若と改め。仮に大臣の官に擬え」と、ここに百合若大臣の誕生。



伏線1. 出陣にあたり、香取丸(♂)緑丸(♀)のつがいの鷹の羽で作った矢の、香取丸の矢を賜る。これはつがいの鷹の契りによって、かならず凱陣との祈りを込めて。

伏線2. めでたく凱陣のあかつきには、禁中一の美人立花を妻にとの仰せもあり。

伏線3.百合若討ち死の報を聞いた立花は、別府兄弟が百合若の所領を奪った上に、つがいの矢の緑丸を所望するや、これを奪って姿を消す。


その他主なる登場人物の面々は、
まずは、別府兄弟雲足・雲澄。こやつらが主君百合若大臣を戦の帰途、玄界島に置き去りにして、主君の領国を乗っ取る。

忠臣 執権府内の太夫秀主と、その息子市郎丸秀虎、そして悪文次秀景。そして秀景の妻松ヶ枝。秀景と松ヶ枝の両名のありようは「ひらかな盛衰記」の趣向を思わせる。この府内秀主親子、とりわけ松ヶ枝の大活躍で、別府兄弟はともに遂に首を刎ねられる。


さてさて、百合若大臣は、出陣の際に、既に、大山崎、関戸の院にて本国の宇佐八幡に遥拝、拝殿でまどろめば、別府兄弟裏切りの正夢を観るも、「夢に任せて大国の賞罰は行はれず」と、そのまま出陣、そして夢のとおりに別府兄弟に裏切られる。


そして、信太妻にも似た趣向とは、
命絶え、雌鷹の緑丸に乗り移った立花が、百合若大臣が置き去りにされた島へと飛んでくる。人間の立花の姿に変じて、百合若と契り、還城丸なる一子をもうける。この立花が、ようやく主君を助けに島に辿り着いた秀虎と還城丸に、その本性をうっかり見られてしまう。鷹の立花を残して、百合若親子、秀虎は島を出ることになる。


そもそも秀虎は、島より百合若が正月の願いを込めて放った矢が、百合若を探す遥か海上の秀虎の舟の舳先に刺さったところから、百合若の行方知って玄界島にたどりついたのである。すさまじい弓の力。


そのとき、島を出る還城丸に母の立花(=緑丸)言い聞かせることには、
「鷹になったる此の母が罪科が子に報い。和御前が出世の妨げかと。思ひの上の思ひとなる。成人の後迄も小鳥一ツ虫一ツ。無益の殺生せぬ事ぞや。鳥類翼と思へども命の惜い斗りかは。夫を思ひ子を思ふは人間にも増るとは。今身になりて知たるぞや。母にも最早逢れぬぞ。母恋しとはし思ふなよ夜も父御と寝ねしやや。父の意見を能く聞て優しう成人し。世間を知ぬ島育ちと人に笑はれ讒られな。名残惜やいとほしや……」


こうして無事に島を脱出、忠臣たちの大活躍で別府兄弟も討ち果たし、京の都に参内すれば、

鷹の羽の矢の應後の奇瑞。死したる立花生を変えし妹背の中、此子を設け候と一々言上ありければ、…………、母立花は宇佐の宮の末社に祝ひ、緑の宮と崇むべしとの綸言世に例なき。


というわけで、百合若も近松の手にかかれば、このようなお話になるのでした。