物語化を拒否する「傷」がある。

与えられる物語ではなく、新たな物語を創造しようとする傷がある。
傷は永遠の底なしの穴としてそこにある。

物語はいつも「穴」から生まれる。
古い物語を飲みこんで、噛み砕いて、捨て去る穴。
それ自体は物語になりようもない、取り返しのつかない穴、あるいは傷。

人間とは、そもそも、その存在自体が取り返しのつかないものなのである。
済州島、伝説の五百将軍は母を食った。
歴史とは、取り返しのつかない記憶を消し去った記録なのである。

「罪悪深重・煩悩熾盛」

まるごとの「いのち」になって語り合うこと(この語り口は森崎和江的だ)
物語から脱走せよ。(これはなにやらポストモダン的だ)
根こそぎ問い直すこと。(言うのは簡単)

文字とは何か? 言葉とは何か? 文字は光か? 言葉は光か?

予感を持たない言葉は、闇を知らない。
予感とは、罪を知るということでもあるのかもしれない。
予感とは、野生をとりもどすことなのかもしれない。

大地を知るカラダ?
この世の水のめぐるカラダ?
私とは何者なのか?

「知る」ということの、取り返しのつかなさ。 
原罪について。
「言葉なんか覚えるんじゃなかった」(いや、この引用では浅いな)

赦されない罪 取り返しのつかないことをもっと考えること。

言葉とは何か、人間の行為とは何か、根こそぎ問うこと。
肉体化した「罪と罰」  概念ではなく。
「身をもって生きている人間の存在そのものが罪の現場にほかならない」高橋

罪との向き合い方を問う。
罪の自覚を損なう社会とは…

誰が誰を赦すのか  
神や仏がコンビニエンスなツールに堕していていいのか。

現人神と言う便利な仕組み  人間サイズ 小賢しい神の創造
罪と責任を背負うのは、個としての人間、私しかありえないではないか。