読み終わって、すぐに、こうやって書きながら何が語られていたのかを想い起こしてゆく、眠りにつく前、半分夢の中で読んでいた世界だから、彼らの世界もまた私の夢のような心持ちにもなる、目覚めても忘れることのない夢。
夢のなかで、私は思わず呟いている。
そうか、尿瓶なのか、テレビなのか、家族とは他者のいない世界なのか、
(もちろん、それは、「権力者」にとっての他者のいない世界、他のものはその世界にただ飲まれている、ただ役割を与えられている、食われている、権力者のあさましい想像力に感染している、そういう世界。家族もまた権力者の夢で形作られているわけで、その象徴が尿瓶なんだよね、私はごく近いところで実際に尿瓶を使う家長という奴を知ってるよ、夜トイレに起きるのがいやだという理由で、横に寝ている妻が嫌がるのもお構いなしに尿瓶を使い、その尿瓶を妻に片付けさせる奴、本当にいるんだよ、それが妻との家庭内別居の原因になったと夢にも思っていないすばらしい家長様がほんとにいるわけ、あっ、尿瓶で話が大きく脱線……)
そうか、モセは足音をさせずに歩くのか、モセはつまりあのモーゼのはずなんだけど、このモーゼは足音をさせないくらいの奇跡しかを起こす力がない、何もおこしはしない、このモーゼは。思い通りにならないことには暴力をふるうくらいしかできない神のしもべ。
そうか、エジャは燃えあがるかまどの中に入りそこねた女なのか。滅びを語る預言者なのか……。
そうか、スンジャさんは、いのちを育む人なんだな。
エジャとスンジャ、愛の裏と表、闇と光、どちらも愛、どちらも必要。
スンジャさんによって、誰も知らない滅びの世界の片隅で、三人の使徒が育まれる、
滅びに抗する想像力が眼差す、もう一つの世界からの使徒。
ソラ、ナナ、ナギ
滅びに飲まれそうになりながら、ぎりぎり滅びに抗する<一人だけの部族>たち、
三人の使徒たち。
(一人だけの部族というのは、自分の夢を生きようとする単独者と意訳しよう。)
ソラは芹、ソラは小さな野の草、滅びの来歴を語り伝える者。夢を見る者
ナナは孕む人、滅びを生き抜くいのちをつないでいこうとする者。夢を見る者。
ソラとナナの夢は通い合っている。が、一つにはならない。一つだと思っていたけど、ほんとは二つだったことに気づいた痛み、一つではないことから生まれる葛藤、それが大事。二人は滅びを生きる「一人だけの部族」だから。滅びを見つめつつ、それぞれの命を生きているから。
ナギは待つ人。この世界の暴力の連鎖を知る者。その悲しみを知る者。夢を見る者。
ソラ、ナナ、ナギの夢も通い合っている。けっして一つにはならない三つの夢。
三つだけど、三つのまま、一つになることもできる夢。光も闇も知っている夢。
三人の使徒の声。
◆ソラの独白
毎日何を考えているのかだなんて。
そんなの良いことに決まってる。
良いことを。
◆ナギの独白
強大な神の下僕、モーセへの一言
あんたさ。
……。
自分が想像できないからって、この世に存在しないものってことにしないでくれよ。
三人の語らい
俺は言った。
恐竜は消えたじゃないか。
うん。
絶滅しただろ。
絶滅したね。
絶滅って言うと一瞬で消え去ってしまうようだけど、ほんとは一千万年もかかってるんだって。
そうなの?
一千万年かけてゆっくり消えていくんだ。
かなり長いね。
だよな。
……。
そんなにすぐになくならない。
世界は、と付け加えるようにナナが言った。
そんなに長く時間をかけてなくなったら苦しくないかな。
一気になくなったほうがいい?
いや。
じゃあ長い時間をかけてなくなろう。
なくならなきゃだめ?
そんなにさっさとなくならないって話だよ。
◆ナナの独白。
一千万年なら、ナナが十万人。
ナナが十万回は繰り返されるほどの時間。
(中略)
一千万年。
人間は恐竜じゃないから、恐竜よりも速く滅びるかもしれません。
恐竜よりゆっくりと滅びることもありえるけど。どちらにせよ、世界が終わる瞬間にはゆっくりとたどり着くはずなんだから、ナナにはあれこれきちんと考える時間があるでしょう。まだ、時間はあるのです。
(中略)
人間なんて虚しくて、取るに足らない。でも、だからこそ愛おしいとナナは思います。
その取るに足らなさで、どうにかこうにか生きているのだから。
楽しんだり、悲しんだりしながら、頑張っているのだから。
一方では思うのです。
無意味というのは悪いことなのかなって。
(中略)
赤ちゃんはだんだんに落ち着いてきました。ソラもお兄ちゃんもぐっすり眠っています。みんな眠りにつきました。暗闇の中で気配を感じます。じきに外は明るくなるでしょう。
続けてみます。
ナナが孕む。想像することのできない他者を存在しない者とする者たちへの違和感を孕む。この世に在ることの問いを孕む。滅びを孕む。夢を孕む。
ナナが孕んだ夢を、ソラとナギは共に生きてゆくことになるだろう。
続けてみます。というナナの声とともに。