文学の秘密を語る声。/『越境広場』第7号 中村和恵「ほおろびに身を投じる――エドゥアール・グリッサン『第四世紀』に見出すモルヌの風とカリブ海のもうひとつの歴史/物語」

『越境広場』第7号。女の声が強く響く『サルガッソーの広い海』(ジーン・リース)と『第四世紀』(エドゥアール・グリッサン)を対比させつつ、カリブ海の作家たちの「もうひとつの物語」を見渡しつつ、正史のなかには存在しない口承的記憶と文学について語る中村和恵さんの声に聴き入った。

 

「たとえば先住民族が支配者たちの言葉で語るとしても、それがかれらの物語であるなら、かつての記憶はかならずそこに片鱗をとどめている。反映しながら、変容する、影響されながら、つくり変える。力は一方向にだけ動くものではない。そして同時に、それらの新規な古い物語は、生きた物語であるために、忘れられつづけなくてはならない。すなわち、語られ/読まれ/書かれつづけなくてはならない。口承でいわば演じられるたびにオリジナルが上書きされつづけ、新たなオリジナルに変容しつづけるように。

 

 正確さを重んじ唯一の事実を突き止めるためのものと考えられがちな過去の探求の過程で、じつは「なぜ」「なぜなら」で時間と空間を結索することはできないのだと悟り、合理的な論理を一度手放すとき、正史の語りは風に吹き飛び、年代記/歴史はほうぼうでほころび、ほつれ、詩的言語と魔法の論理に溶け出す。全部わかったということは、おそらくできないテキスト世界の展開が始まる。もう一度呼吸を整えて、ほころびに身を投じよう