第3章「植民地の民衆」より。 朝鮮人部落のこと

興南は、朝鮮でも特殊な環境でした。日本人は全部、社宅に入ってしまうか商店街に住み、周囲の朝鮮人部落とは隔絶していた。


●ヨボ部落の汚いことは、見なければ話にならんです。たいがいの家が豚と犬とを飼っとるですよ。豚と犬がそこら辺に大便する、小便する、人間も便所はないですよ。人間のウンコ、豚のウンコ、犬のウンコが、歩く所にある。そうすると下水の流れる所がないんです。雨が降るとドブドブして、足なんか踏まれんです。天気のいいときは、ブクブク泡が立っています。
(中略)
「あんな生活してでも、人間というのは暮していくんだな」
て言いよりました。


●ヨボ部落で便所のあった家は、まあ10軒に一軒だろうかなぁ。


●あの部落は、あとでボチボチ集まってきた部落ですね。工場に抱きついてしもうとったんじゃな。


●あっ共、貧富の差がものすごいんですね。そのリャンバン(両班)の家は、大きなお寺のような家だった。
(中略) 
そのリャンバンは、長い白ひげを下げとったもん、そして尖った帽子をかぶって、キセルは長いのを持って、いい着物を着て、人間的に重みがあった。
(中略)
そんなリャンバンでも、日本人から押さえつけられて、頭上げできんかったですね。



●日本人が来るまでは、一家族一日一銭、一ヶ月三〇銭もあれば、生活ができよったていうもんな。こまごました物まで、オッ盗って行きよったったい。